13 ヴィンセントからの呼び出し
ジークヴァルトの髪色が赤だと主人公と被るから、未指定に変更しました。
「「「…………」」」
シィン。そんな擬音が聞こえてきそうな沈黙。
少し離れた場所にある木々から小鳥の囀りが聞こえた。
「…………」
私は勝利の孫悟空ポーズを解除し、パンパンと服の埃を落とす。
「ありがとうございました」
そう言ってお礼をした。対戦相手への礼儀である。
「う……ぐ……」
流石に気を失うまではしていなかったアイゼンハルト卿は、お腹を押さえながら、私を見上げて睨みつけてくる。
流石にちょっとやり込めた程度では泣きは入れなかったか。
感心、感心。それでこそ推定攻略対象である。
「先生、もうよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……。ありがとう、カーマインくん」
私は先生にも礼をしてから、生徒たちの待機している場所へ戻る。
「大丈夫かね、ジークヴァルトくん」
「……はい」
彼からの敵意は感じるが、勝者の私から言うことはない。
何やらギフトに誇りを持っていたらしいけど。
流石に今回は、彼の慢心が過ぎただけだろう。
いや、そもそも彼はギフトの力を使っていなかったのかもしれない。
だって、あんまり手応えなかったから……。
それはそうと、ギフト『斉天大聖孫悟空』にはどうやら棒術も含まれるらしい。
いけそうな気がしたのでやってみたが、かなり動けた。
これはいい情報が取れたわね。
でも、鍛錬要らずとは思わない。
言ってしまえば今回の私は『ギフト頼り』の立ち回りだった。
本気で戦力を上げるなら、もっと突き詰める必要があるだろう。
あー、でも。
私の場合は『ギフトに頼らずに強くなりたい!』とかは不正解だ。
強くなりたいのなら『ギフトとともに』強くなる路線が最適なんだろうな。
まぁ、強くなりたい理由は、とくにないのだけれど……。
私が実技の授業でアイゼンハルト卿をあっさりと倒したことは噂になった。
まぁ、それはそうだろう。
遠巻きにする生徒や、疎む生徒もいるにはいるが、好意的な生徒もいる。
「カーマイン様って、お強いんですね! 私、びっくりしました!」
「本当に! あれは棒術っていうんですか? 洗練された動きでしたね!」
「鍛錬は続けていたんですか?」
「アイゼンハルト卿に勝つくらいなら、もしかして騎士科に?」
といった具合だ。
この雰囲気からして、あまり悪役令嬢感はない。
私の偏ったイメージかもしれないが、そういうのはもっと入学早々から嫌われて、ぼっちを極めているようなイメージだ。
「ええとね。たぶん、アイゼンハルト卿は手加減していたし、ギフトの力も使っていなかったわ」
「え、そうなんですか?」
「ええ。彼も言っていたように、彼のギフトの力は素晴らしいものなのでしょう。そんな力を、授業で、ただの女子生徒相手に振るうほど落ちぶれてはいないはずよ。ただ、彼に実力があるからこそ、私の実力を見誤ってしまった面はあると思う。それなりに動けるって秘密にしていたからね。でも、そうでもないと見本試合なんて普通は受けないわ」
「確かに!」
「いきなり指名されていて、そこもびっくりしました!」
「ふふ、そうね。そこは私もびっくりしたわ」
なんだかんだでクラスメイトからは人気が出たようだ。
うーん……。実は私、悪役令嬢ではない?
それかゲーム期間は三年間で、一年生の時は悪役令嬢アゲアゲタイムなのかもしれない。
ヒロインちゃんは後半になるにつれ、メキメキと実力を発揮していくのよ。
対する私は、そんなヒロインちゃんの成長と躍進に立場を脅かされると怯えて行動を起こす。
うん、ありそうな展開だ。私はそうしないけどね。
さて。
合同授業にはヒロインちゃん (仮)だけでなく、ヴィンセント殿下もいた。
影が薄かったけど……。
そんな殿下は当然、私の振る舞いを見ていたわけだが。
「カーマイン嬢、少し話がしたいんだが」
「……あい」
当然、アプローチしてくる。
今日は、アイゼンハルト卿はそばにおらず、ヴァレンシュタイン侯爵令息……長いわね。
頭脳派キャラっぽい彼、ジュリアンを連れていた。
「ここは王族が許可した者しか入れないサロンだ」
「……素晴らしいですね」
昼休憩の時間。殿下の示したサロンは、食堂の二階部分だった。
階段は食堂にいる生徒たちにも見える位置にある。
つまり、この時間にこの階段を利用すると、誰が呼ばれたかバレバレだ。
正直、こんな目立つ行動はしてほしくない。
でも、人前で妙な駆け引きをするよりはマシだろうか。
「座ってくれ。食事も持ってこさせよう」
「ありがとうございます、殿下」
紅茶や軽食が運ばれてくる。
このサロンに呼び出された時点で、一般的な女子生徒リアクションとしては感動したり、緊張でどうにかなったりしてみせないといけない。
でも、まぁ、私の場合は最悪どうとでもなるからね。緊張はしていない。
やはり時代は心の中に孫悟空なのだ。
どんな圧力からも無縁なメンタルでいられる。
「カーマイン嬢のギフトについて、教えてくれる気にはなったかい?」
「企業秘密です」
「企業……?」
スッパリと答える私。とても平常心だ。
「報告の義務があると思わないかい?」
「義務ですか? そのような王国法がありましたでしょうか? 不勉強ですみません」
「いや、ないけどね」
「それならよかったです」
「フ……」
うわぁ、ここで笑うのか。
ヴィンセント殿下は腹黒・冷血タイプのヒーローだな。
まだキャラを掴めていないけど、あのヒロインちゃんと付き合えるのかしら。
「まさか、ジークヴァルトを簡単に倒してしまうとは」
「彼が手加減したうえで、油断もしてくれていたおかげです。不意を突けましたから」
「……まぁ、そういう面も否定はできないな」
そうでしょう。実際、そういう面はあるはずだ。
「では、油断せず、手加減をしないジークヴァルトと試合をすれば、カーマイン嬢は負けてしまうと思うかい?」
「それはもちろん」
私は負けるだろう。でも、私のギフトの孫悟空が許すかな!
「……なんとも頑なだな」
ヴィンセント殿下が呆れたようにそう呟く。
「ヴィンセント殿下。見誤ってはいけませんよ」
「ん?」
「アイゼンハルト卿は、授業の、たかが見本試合でミスをしたに過ぎません。もちろん、あの態度や言動は改めてほしいものですが、彼は決して無能ではないでしょう。ギフトの有用性も消えてはいませんから。今後の人事や教育方針については心を配ってくださいね」
「…………」
今回の件だけで、そこまで落ちぶれることはないと思うけど一応ね。
「流石にあの程度でジークヴァルトを切るほど、冷徹ではないよ、私は」
「それはよかったです。誰にだって失敗や、敗北なんてあるものですから。まだまだお若いので、これからがんばってほしいです」
「……君と私たちは同じ年齢のはずだが?」
「私も若いってことですね」
ちなみに転生者の私。
前世のパーソナルデータはあんまり残っていない。
ただオタク側の人種だったことは確かだ。
現在の年齢観としては微妙な感じ。
成人してはいる気持ちもあるが、同時に今世の肉体に引っ張られてもいる。
「君がギフトについて明かしてくれたら、すぐに私との婚約が調うと思うのだけどね」
「……ギフトの内容だけで殿下の婚約が決まるとは思いませんが」
「それでも君はマロット公爵令嬢だ。可能性は大きいだろう」
まぁ、それは否定しない。
「以前はそうでしたが、今は状況が変わったのではありません?」
「……『聖女』か」
「ええ」
ギフト『聖女』はどうやら過去にもいたらしい。
洗礼の時、大司教様も聖女かどうかって聞いたくらいだものね。
なので、私の謎ギフトと違って、『聖女』は実績のあるギフトということになる。
それだけで王族の婚姻が決まることはないが、大いに考慮には値するのだ。
ヒロインちゃんはそのこと、知っているのかしら?
「……まぁ、先のことはまだわからないさ」
「ふふ、そうかもしれませんね」
ヴィンセント殿下にはまだ婚約者はいない。
私は、ただの『婚約者候補』だ。
殿下の婚約者狙いの貴族令嬢たちや、家門はまだ大勢いるのである。
「ただ、カーマイン嬢」
「はい、殿下」
「……入学前に君は襲撃に遭ったそうだね」
「ご存知でしたか」
黙っているようには言ったんだけど。どこからか漏れたみたいね。
私が火傷しているような噂も流れていたし。
「今回の件で、君のギフトが、より有用なものである疑いを持った者はいると思う。私だけではなく、ね。よりいっそう、君が私の婚約者になる可能性が高まった、と」
「……そうですか」
やっぱり、アレを私の鍛錬の成果とは思わないか。
戦闘系のギフトと思われたのかなぁ?
まぁ、原典は概ね戦闘系とは思う。私が使う場合にどうなるかは未知数だけど。
「また君を狙う者が現れるかもしれない。用心することだ」
「あの襲撃の黒幕は判明していないはずですが、殿下は婚約関係が原因だと?」
「……カーマイン嬢を狙った以上はそう見ている」
まぁ、私もそれには同意見だ。
ちょっと物語の強制力的なものを感じた瞬間だった。
「そう思われるなら、今日の呼び出しの時点で挑発しているようなものじゃないですか?」
普通に王族のサロンに招かれる公爵令嬢にして、婚約者候補の図ができあがりだ。
「何、あわよくばカーマインから情報を得られれば、或いは婚約の話が進めばいいなと考えたのと、もし狙われるのが君になるのなら、君ならば対処ができそうだと確信を得たからね」
うわぁ。暗躍勢力の囮にするぞ発言だ!
なんてひどい。
私が孫悟空じゃなかったらどうするつもりなのか。
「何かあった場合は王家に慰謝料を請求しても?」
「陛下と相談してくれ」
バチバチと火花が散るような雰囲気で、私と殿下は微笑みを浮かべ合う。
『ふふふ』『ははは』だ。うーん、腹黒殿下。
「まぁ、どの道、そういう懸念があるのだから注意するように。学園にも公爵家からの護衛が必要と思うなら同行させてもいい」
「まぁ、特別待遇ですね」
基本、学園に通う貴族子女は侍女や護衛を校内にまで連れ込めない。
全員がそんなことをすると、とんでもない人数になるからだ。
その代わり、学園周りの警備は充実している。
でも、殿下や他の高位貴族の生徒には特例で許すこともある。
私は学生寮暮らしではなく、実家暮らしの通いなので、校内にまで護衛は要らないかな……。
むしろ単独行動を阻害された方が動きづらい時がくるかも。
「感謝致します。両親と相談してみますわ」
「そうしてくれ」
一通りやり取りが終わって一息を吐けたタイミングを見計らい、切り出す。
「それでは殿下、そろそろ失礼させていただきますわ」
「ああ、呼び出してすまなかった」
「いいえ、お話しできて光栄でした」
のらりくらりとした会話を続けて、おしまいだ。
とくに『よくも俺の弟分に手出しやがったな!』とかの抗議はなかった。
うん。僥倖、僥倖。
王族専用のサロンから一人で出て、食堂への階段を降りる。
相変わらず注目の的だが、そこに気になる視線はない。
マイナスな視線も織り込み済みだ。
そのまま食堂を出て、廊下を歩いていたところで。
「……あの! マロット公爵令嬢! 少しいいでしょうか!」
名前を呼びかけられ、その声の方に振り向く。
そこに立っていたのは。
「私、セラフィナ・アスティエールと申します! アスティエール子爵家の者です!」
ヒロインちゃん (仮)だった。
どうしよう。ハチャメチャが押し寄せてきたわ。
泣いてる場合じゃない。




