129 平頂山小妖群
「なっ……」
狐理精の女が絶句し、ラグナ卿を見上げる。
いやぁ、気持ちはわかる。まさか自力で脱出してくるとは。
本家・孫悟空だって、ひょうたんに盛られた時は封を剥がさせたというのに。
というか、まさか吸い込まれイベントを私じゃなくラグナ卿がこなすとは。
孫悟空としての実績解除失敗ね! それはそれでよし!
ラグナ卿が紅孩児だからたやすく脱出できた、とも思う。
あくまでアレがギフトによる産物だから、というのもあるのだろう。
西遊記上の強弱が必ずしも今世の世界に反映されるとは限らない。
いわゆる弱い異能であっても担い手の立ち回り次第、というやつだ。
ラグナ卿の場合は、本人もギフトも両方強いという話。
……ますます死亡フラグでは?
どう考えてもメインストーリーに出てきたら他のキャラクターを食うタイプである。
「ははは! なかなか楽しかったぞ!」
「くっ!」
ラグナ卿が勝ち誇るでもなく、ただ上位者として当然のように彼女を見下ろす。
存在が強者すぎるわね。
「次は何を見せてくれるんだ? それとも打ち止めか? 悪あがきをしなければ、お前のギフトは彼女が壊し、奪うぞ」
「っ……! 者行孫!」
九尾狐理精の女が今度は私に呼びかける。
注視してみれば九尾の別の尾が、今度は〝ひょうたん〟を構えている。
ちなみに五つの宝のうち二つの効果だが、今みたいに本名を呼ばれずとも、呼びかけられて応えただけで条件を満たしてしまう。
孫悟空が捕まったのは『偽名だし、大丈夫じゃね?』と考えて応えた結果だ。
「紫金紅葫蘆!」
私は女の呼びかけに応えず、返事の代わりにひょうたんを出す。
「なっ……!?」
「ねぇ、貴方! 聞こえているなら返事をして!」
「っ!」
悪あがきで今度は私を捕まえたい様子だったが、奥の手はすべて見抜かれたうえ、彼女の認識上ではコピーをされている始末。
私の呼びかけに応えればどうなるかわかっているので、悔しそうに唇を噛み、黙り込む彼女。
それはずいぶんと絶望することだろう。
そろそろ彼女とは決着をつけましょうか。
「無駄なあがきってものよ。少なくとも私とラグナ卿が揃っているところに喧嘩を仕掛けてくるのは……もはや喜劇ね」
ただの人間ならば、彼らの存在は十分に脅威ではある。
だが悲しいかな。ここに揃ったのは孫悟空と紅孩児のギフテッドなのだ。
むしろ暴れ足りないくらいだろう。
「ぁあああっ! ふざけるな! 邪魔をしやがって!」
そんなふうにキレられてもねぇ。
私、彼女のことなんにも知らないから怒る理由も、犯行の動機も知らないのよ。
「あの方に献上してやろうと思っていたのに! 全員まとめて潰れてしまえ!」
なんか露骨な黒幕の匂わせ発言!?
けど、彼女は間違いなく黒水晶グループの一員っぽい!
今度こそ情報源を確保しなくちゃいけないわ!
本当、いい加減この世界がどういう危機に直面しているのか、そろそろ明かさせないと!
「平頂山小妖群!」
九尾が白からドス黒く変色し始めたかと思うと、すぐに黒煙となって溢れ始める。
「四健将! エミリア嬢を守りなさい!」
「「「「ウキッ!」」」」
新しく生まれた銀輪を頭につけ、尻尾を生やしたミニ・マイン四体にエミリア嬢の守護を命じる。
黒煙から距離を取り、逃れる私たち。
黒煙から溢れ始めるのは……半獣半人の小妖怪たちだ。
平頂山の妖怪たち、圧竜洞を含め、金角・銀角のエピソードで出てきた〝雑兵〟たちだろう。
孫悟空が金角と打ち合っているところで猪八戒・沙悟浄が相手をする群れの方だ。
やはり軍勢使役のギフト!
五つの宝も一人で使える仕様だし、普通に脅威度が高くない?
私たちも人のことは言えないんだけどね!
「ラグナ卿!」
「カーマイン! 最後のひと暴れだ!」
一般的な騎士ならば、騎士団総出で対応しなければならないような軍勢。
だが、孫悟空も紅孩児も数を意に介するような存在ではない。
「ミニ・マインたち! 残り全員! 小妖たちを蹴散らしなさい!
「「「「ウキーッ!!」」」」
すでに出した身外身のミニ・マインたちに命じ、小妖の相手をさせる。
この〝ルート〟では本来どう対処していたか、なんてもはや疑問の余地もない。
ただ、すべてをラグナ卿が蹂躙して解決したのだろうな。
でも、それと伯爵家の兄妹、幽霊メイドのアンリエッタさんを救えるかは別の話だ。
ちゃっちゃと制圧して、九尾狐理精のギフトを破壊。
そうして金角・銀角の変化が解けて兄妹が元に戻ればいい。
それでも無理なら、やはり聖女を連れてくる。
「「「「ウキー!」」」」
「火尖槍!」
炎が吹き荒れ、ミニ・マインたちが飛び回る。
私はミニ四健将とともにエミリア嬢の守護をメインに立ち回る。
だって、私まで攻勢に出る必要がなさそうだもの。
それでも念のために行動する。
「伸びろ、如意棒!」
混沌の戦場である一点を狙い澄まして、狙撃するように。
「あっ!?」
私が狙ったのは九尾が抱えている方のひょうたんだ。
あれで盛られると私やラグナ卿はさておき、他の人は助からない。
伸びた如意棒がひょうたんを叩き落とす。
ギリリと悔しそうにする彼女は、とうとう七星剣を取り出すも、どう見ても彼女自身に戦闘力はないだろう。
それでは文字通り宝の持ち腐れというもの。
ギフト補正を期待しようにも孫悟空と違って彼女は原典で一棒のもと殺される役回りだ。
私とラグナ卿、というよりラグナ卿とミニ・マインたちの共闘で小妖の軍勢はたやすく撃破されてしまった。
それでも粘った方だろう。
例のネームド小妖怪たちも繰り出してきていたが、物の数ではなかった。
とうとうすべての小妖が霧散し、膝をつく彼女。
九尾がもはや萎れ、力がなくなっていることがわかる。
……出典作品によっては九尾の狐なんて、もっと上位存在なのだろうけど。
この世界観では、どうやら一エピソードの妖怪ギャングのトップ程度ね。
「ミニたち! 彼女のギフトを破壊して! 五つの宝はもう持っているけど奪えるならどうぞ!」
「「「「ウキーッ!!」」」」
「や、やめ……」
もはや問答無用とばかりに混世魔王の男と同じような処理をされる彼女。
さて、次も新たなミニ・マインが増えるのか。それとも?
「がふっ……がぁ!」
黒煙を吐き出させていくうち、彼女の獣人化が解けていく。
九尾は消え、狐耳も消え、白髪だった髪の毛が茶色く染まっていく。
……元々の髪の毛の色かしら?
人間状態から、すでにギフトの影響を受けていたのね。
こうなる前は妖艶な美女だった彼女だが、どんどんその姿は……。
なんというか、みすぼらしくなっていく。
もしかしてギフトによる美容効果? それは一番羨ましい能力では?
原典では老婦人のイメージなのだけど、九尾の狐が人間のふりをしているのだから傾国の美女だろう、みたいな?
「うぅぅ……!」
すべてを吐き出させ、見るからに彼女からギフトを剥奪したミニたち。
私は離れた場所で拘束済みの金角・銀角に視線を向けるのだが。
「変化がないな」
「ええ……」
すでに鬼の姿へと変じている伯爵家の兄妹が元の姿に戻らない。
「あはは! ざまぁみなさい! あの二人は元に戻らないわよ! 特別だもの! 〝器〟を見つけた以上、もう変えられない! むしろ私がコントロールできなくなったから、一生あのままだわ!」
息も絶え絶えの様子なのに、勝ち誇る彼女。
なるほど。大元を断ったと思ったが、それでは済まないらしい。
「ミニたち、彼女のギフトは奪うの? 壊すの?」
もはや私の範疇外なのでミニたちの考えを聞くしかない。
この子たち、本家・孫悟空って感じじゃないし、ギフトの精霊みたいな?
一応、私の命令は聞いてくれるんだけど。
「「「「ウキィ?」」」」
あれ? なんか次の行動をしないわね。
猪八戒や四健将の時みたいに岩の塊を作って新生ミニ・マインを誕生させたりしないのか。
「さっきみたいに新しいミニを生み出すことはできないの?」
「「「「ウキ!」」」」
頷かれた。ええ? ここに来て?
いったいミニ猪八戒・ミニ四健将と何が違うというのだろう。
……元々、孫悟空の仲間であるか否か?
確かに孫悟空の手下や仲間として狐理精がつくのはおかしいけれど。
花果山の猿や猪八戒ならば孫悟空が救って仲間にしてもおかしくはない。
そういうことだろうか。
「……では、せめてギフトを破壊して」
「「「「ウキッ!」」」」
彼女に吐き出させたギフトの正体、黒煙の塊のようなものをミニ・マインたちが飛び回り、固めるようにする。
そうしてミニ四健将が前に出ていって、その黒い塊を私の前に持ってくる。
「ん?」
「「「「ウキキ!」」」」
なんか四健将が私に献上するように身振りで示すのだけど?
「なに?」
「ウキ!」
「「ウキキ!」」
ミニ四健将が小さな如意棒を振りかざして壊す素振りをする。
それは『こうやれ』という見本を見せてくるようだ。
「私にやれと?」
「「「「ウキキッ!」」」」
なんか、今までのミニ・マインたちより下手に出てくるわね!?
四健将こと花果山の猿たちが元だからかしら?
ただの使い魔というより〝子分〟の振る舞いをしてくる。
元の性格・性質を反映しているとすると、ミニ猪八戒は怠惰で暴食なのでは?
「まぁ、ともあれ」
私は如意棒を構え、眼前に固められた黒煙の塊に向けて打ち下ろす。
「やめなさっ……!」
バチャン! と、なんとも言えない手応えのなさで黒煙の塊は、墨汁のような液体となって霧散してしまった。
「ぎゃぁああああ!」
少し離れていたところに跪き、拘束されていた彼女は、ギフトを破壊された衝撃が連動したのか、のたうち回ったあと、気を失ってしまった。
どうにか敵対者はこれで全員片付いたようね。
「……終わったが、やはり兄妹は元の姿に戻らないな」
視線を向ける。ラグナ卿が言ったように金角・銀角の姿のままだ。
ギフトによる変化が暴走状態のまま維持されてしまっている。
悲惨なのは、あの状態で自我を取り戻すことだろう。
自我を取り戻しながら、異形の姿となった自分を認識するとか。
でも、彼ら自身の意思で戻れる可能性もある。
「あ!? カーマイン様、ヴォルテール卿! そこにアンリエッタさんが!」
「ん?」
エミリア嬢が指差す方向は、崩れ始めた〝ひょうたん〟の残骸から溢れるように出てきた、一人の女性の体。
それは指摘通り、確かにアンリエッタさんの顔に見える。
まさか、アンリエッタさんの死体? ひょうたんの中にあったの?
死んだ状況をはっきりわかっていなかったみたいだけれど、ひょうたんに盛られていたのか。
私たちはすぐさま彼女の死体に駆け寄り、確かめる。
顔や体は溶けていない。ひょうたんの中にあったのに、その状態ということは。
「やっぱり〝定顔珠〟だわ」
死体の腐敗を防ぎ、生前とまったく変わらない姿に保つ定めを与える宝珠。
青毛獅子怪になり代わられた王が哀れまれてその死体を保存するために使用されたもの。
アンリエッタさんのギフトは、やはり確定だ。
溶けることを防がれていたのなら、死ぬこともなさそうだが……。
私はアンリエッタさんの体、胸に耳を当てる。
残念ながら心臓の音が聴こえず、確かに死体のようだ。
「アンリエッタさんの魂、霊体の方は?」
「ここにはいないようですが……」
兄妹が金角・銀角に強制的に変化させられた際、屋敷の倒壊から彼女は姿を見せていない。
巻き込まれて瓦礫の下なのか。
幽霊なのに? すり抜けられないのかしら?
とにかく条件は揃えられそうだ。ミニ・マインたちに霊体のアンリエッタさんを捜索させる。
「…………」
ラグナ卿にもその直感で捜すように頼んだのだけれど。
彼は難しそうな顔をしつつ、なぜか拘束した金角・銀角たちの方へ。
「カーマイン、ここだ」
「え?」
拘束中の銀角の近くでラグナ卿が止まる。
「おそらく、こいつの中にあの幽霊メイドはいる。……ロクサーヌ・ベラゴートの魂を守っているのだろう」
「あ」
そういうことなのか。あのタイミングから姿を見せなくなっていたのは。
それがどういう意味を持つのかは、わからない。
ただ、アンリエッタさんがそばにいると感じられれば、ロクサーヌの心か魂は、それだけ長持ちしそうな気がする。
つまり。
「アンリエッタさんを救うためには、お二人を元の姿に戻さないといけないのですね」
エミリア嬢がそう呟く。そういうことになるわね。
私たちは互いの顔を見合わせる。
こうなった犯人は倒し、そのギフトは破壊した。
同じことはもう繰り返されることはないだろう。
しかし、被害者の救済がまだ完了していない。
「ラグナ卿、エミリア嬢。やっぱり聖女を連れてくるわ」
これ以上の解決手段は今の私たちにはない。
ここはもう『聖女』のギフテッド、セラフィナ・アスティエールに頼るしかないわ。
「ラグナ卿、エミリア嬢。ここは任せていい? 二人が起きて暴れないように監視していてほしいのだけど」
「ああ、任せろ」
「はい、お任せください、カーマイン様」
戦闘面はラグナ卿がいればどうとでもなるだろう。
しかし、すぐに呼んで来られるとは限らない。
私が帰ってくるまで、ずっと休まずにいろというのは酷だ。
「ミニたち、必要な数だけこの場に残って、ラグナ卿のサポートをしてちょうだい。でも、私の方にもついてきてもらうわ。聖女を、フィナさんを捜す時に手を借りるから」
「「「「ウキッ!」」」
どう振り分けるか。
ラグナ卿の休憩時用の戦力として必要なのだ。なら残すべきはミニ四健将だろう。
新生したミニ四健将のうち、三体分だけこの場に残し、一体だけ連れていく。
残りのミニ・マインたちは〝毛〟に戻しておいた。
ちゃんと浄身法をかけてからね!
「じゃあ、任せるわ。できるだけ急ぐけれど。あっちもあっちで事件に巻き込まれていそうだから……なんとも言えないわね」
「わかった。なに、心配するな、カーマイン。これでも俺は辺境伯の子だ。野営で何日も過ごすなど慣れている。ラウゼン嬢は……」
「私も、他家の貴族女性よりは慣れているから平気です」
「そうか」
なんとも頼もしい二人だ。ここは二人に任せて飛んでいっても平気そうね。
「じゃあ、私は行くわね」
「ああ、頼むぞ、カーマイン」
ラグナ卿とエミリア嬢と言葉を交わしてから私は筋斗雲で空に飛び上がる。
目的地はアスティエール子爵領。
今、フィナさんがどこにいるのかわからないけれど。
まさか、こんな状況で向かうことになるとは思わなかったわ。
「すんなり帰ってこられればいんだけどね……」
そう呟きながら、私はフィナさんに会うため、空を駆けるのだった。
第四章、ここまでです!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
また、ちょっと休んでから五章を始めたいと思います!
それまで一旦、完結表示にしますので、次回始まった際の目安にしてくださいー




