117 紅孩児の変化
「……カーマイン?」
「あ」
ラグナ卿が自然と口にした私の名に、エミリア嬢が反応する。
「ん? どうした」
「いえ、その、私からはとくに……」
エミリア嬢、察して引こうとする!
「いえ、話しておきましょう。エミリア嬢、私の本名はカーマインよ」
「……はい」
「そして」
私は七十二変化で弄っていた見た目を元に戻す。緊箍児は隠したままね。
ちなみにギフトを全オフしたところで緊箍児だけは消えない。ぎゃてぇ。
「これが私の本当の姿よ」
「深紅の髪、カーマイン……つまり、貴方は……マロット公爵令嬢」
「ええ、そうよ。ごめんなさいね、嘘をついていて」
困らせちゃったわねぇ。
「いえ、隠すだけの名であると思いますので」
「なんだ? 明かしていなかったのか、カーマイン」
「ええ、それなのに貴方がバラしたのよ、ラグナ卿」
「そういえば、また髪の色を変えていたな」
うん、今さらの指摘ね!
「ラウゼン嬢、彼女は規格外だ。一つ一つのことに驚いていては身が保たんぞ」
「そう、ですわね。はい、私もそう思います」
ちょっと? なんだか人聞きの悪い着地点じゃない?
ラグナ卿も大概だと思うのだけど!?
とにかく、今は解決すべき問題を整理する。
「ベラゴート伯爵の人が変わってしまった。それはどうやら例の暗躍者どもと共通の黒水晶を使用しているらしい、と」
「ええ」
「そちらの幽霊メイドは、おそらくギフテッドで殺されたあとにギフトが発現し、助けを求めた」
『はい』
アンリエッタさんは偽の体への憑依もどきをやめ、そのままで作戦会議に参加だ。
「伯爵を洗脳か、なり代わりか、そういうことをされているっぽいのよねぇ」
「夫人は家を追い出されたか」
また、ベラゴート家にはまだ幼い兄妹がいる。
幽霊メイドのアンリエッタさんは十歳の妹、ロクサーヌ・ベラゴート嬢周りの仕事をこなしていたそうだ。
兄の方のクラリオ・ベラゴート伯爵令息は十四歳。
幼いとはいうが、私とそこまで年齢は変わらなかったりする。
まぁ、中身の問題はさておくとして。
「使用人たちもあやしい連中に変えられてしまった、と。それで兄妹には今、屋敷に味方がいない状態で、アンリエッタさんは殺されたのだけれど、それについては私の意見があるわ」
「なんだ?」
「アンリエッタさんは、こうして幽霊化しているから殺されているのかもしれない。でも、ギフトが発現しているのなら、その体はまだ無事かもしれなくて……私のギフトと噛み合えば、蘇生も可能かもしれないわ」
「蘇生? そんなことまでできるのか?」
「一回きりだけどね。あくまでアンリエッタさんのギフトと噛み合えばの話だから、誰でも助けられるわけじゃないわ。そして、絶対に助けられるとは言えない」
なので。
「まず、伯爵家の内情を探り、兄妹を救出する。アンリエッタさんの遺体の場所を探り出し、彼女の息を吹き返す。そして伯爵の人が変わった原因を突き止める」
これがベラゴート伯爵家でのミッションだ。
「俺の力は、どこで必要になる? こう言ってはなんだが、戦闘以外で役に立つ場面は少ないぞ、俺のギフトは」
「そこなのよ。私、今回の一件でそれこそ戦闘になると思っているの」
「ほう? 根拠があるのか?」
「ギフトによる勘としか説明できないわ。ラグナ卿のように言うなら臭うの」
「なるほど? なら、その勘には従った方がいいな」
流石、直感型。野性で行動の判断をする男。
「事態だけに正攻法のやり方に拘ることはないと思っているわ。時間の猶予がどこまであるか」
虐待児童問題は緊急案件だろう。
アンリエッタさんは殺されているからね……。
「俺とカーマインでベラゴート家に襲撃をかけるのか?」
その『吝かではないが』みたいな顔をおやめなさい、おいごよ。
「私がまずギフトを使って潜入調査をするわ。アンリエッタさんの協力があれば、屋敷内を把握できるでしょう。それで……兄妹を眠らせるなりして、救出する。身代わりも置いてきておいたら、すぐにバレないと思うけど。相手側に私のギフトを見破る存在がいるかもしれない。そうなったら戦闘になってしまうので、その時にはラグナ卿に助力を願いたいの」
ラグナ卿は頷く。
「近くにいてもらうために、ラグナ卿は顔を隠してエミリア嬢の従者になって」
「え」
「ほう?」
驚くエミリア嬢に、面白そうだとばかりのラグナ卿。
「ヴォルテール家やマロット家の名は出さないのか?」
「相手が真っ当な貴族家当主ならそれも考えるのだけど、今回のケースだと役に立たないかもしれないわ。むしろ高位貴族が出てきたら、想定外の動きをさせてしまうかも。でもエミリア嬢なら隣領だし、理由次第で相手の油断を誘いつつ、懐に入り込めるかもしれない」
「なるほどな」
そこで私とラグナ卿の視線がエミリア嬢に向けられる。
「護衛にラグナ卿がつくとはいえ、エミリア嬢には危険な橋を渡ってもらうことになるけれど」
「いえ、やります。知ってしまった以上は見過ごせません。それにスウェン様……カーマイン様の力になれるのなら喜んで」
うわぁ、いい子だわ。
フィナさんと友人になったという話も頷ける。
間違いなく光側の人間よね、私と違って。
…………。
誰が私は闇側の人間か!
「では、正式な形でラウゼン家からベラゴート家に訪問するか」
「ええ! 私とラグナ卿は正体を隠してね!」
「俺はカーマインのような変装はできないが?」
「あー……」
いや、紅孩児でしょう?
紅孩児は三蔵一行と最初に会った時、人間の赤ん坊に変化して出てくる。
つまり、紅孩児のギフトにも変化能力はあるはず。
「たぶん、正体を隠す程度の変化ならできるはずよ?」
「なぜ、カーマインの方が俺のギフトに詳しいのか。しかし五行車の件があるからな」
やってみよう、とラグナ卿が意識を集中する。
「ハッ!」
裂帛の気合とともにボフン! と煙がラグナ卿を包む。
すると、そこには赤ん坊……ではなく。
「これは!」
ラグナ卿は褐色肌にダーク寄りな赤髪、という姿になった。
いやぁ、紅孩児でそのカラーリングは!
私にとっては馴染み深い印象に! ちょっと胸元をはだけてみない?
「印象がずいぶんと変わりますね……」
「鏡を見せてもらえるか?」
「はい、こちらへ」
ラグナ卿は自身の変化を確認する。
そこで別に魅入られるでもなし。ナルシストの気はないようだ。
「では、残るは幽霊メイドの姿をどうするかだな。先ほどまでに偽の体は、本人には馴染むのだろうが、ブレが目立っていたぞ」
おっと。ラグナ卿の直感的な指摘は無視しない方がいい。
彼がこう言うということは、そのままではバレそうということだろう。
とはいえ、現地の案内人・アドバイザーとして同行させた方がいいのは確か。
幽霊の体が目立ってしまうなら、それより大きな体を用意するのがいいか。
私は思い付きのままにそれを用意する。
用意したのは〝白馬〟だ。白馬の影から、ひょっこり顔を出したり、移動の際は中に入り込んだりして隠れてもらう。
「では、行くか」
「ええ!」
こうして異色メンバーが、なんちゃって西遊記一行パーティーみたいになってベラゴート伯爵領に向かうことになった。
玉龍枠がアンリエッタさん、三蔵枠がエミリア嬢。
徒弟の役が、孫悟空と紅孩児である。
聖女を呼んでくるかも迷ったが、ひとまずベラゴート家の内情を確認してからとなったわ。




