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11月30日(土)

 都市伝説巡りを終えた翌週、私は浄華に呼び出された。

 レポートをまとめるにあたり、聞き取り調査を行うのだそうだ。


 いつも通りふわふわのソファに腰かけ、おいしいコーヒーを出してもらう。

 営業でいろんな会社に訪問してきたけれど、ここ以上にふわふわのソファがある応接間に通してもらったことはない。


「休日に、足を運んでくださりありがとうございます」


 にこ、と、社長である鈴駆 華(すずかけ はな)嬢が微笑んだ。相変わらず、美しい人だ。

 私は彼女に「いえいえ」と言って手を振る。


「今日は、特に用事もありませんでしたし」


 あえて言うのならば、そろそろ掃除機位かけようかな、と思っていたくらいだ。

 一人暮らしで会社勤めをしていると、どうしても「まあ、いっか」で済ませてしまうことが多い。だが、目に見える大きな埃があると、さすがに「いい加減、掃除しないとな」と思う。

 いや、思うだけの場合もあるけれど。


「俺は別にいいんじゃないかって言ったんだぜ? だけど、華がどうしてもおっさんにも話を聞くって言うからさ」


 私の隣で、圭がオレンジジュースを飲みながら言った。

 華嬢は圭をじろりと睨みながら「桂木」と言い放つ。


「あなたのレポートが完璧ならば、ご足労いただいていません」

「完璧だと思うんだけどな」

「思う、では通りません」


 はあ、と華嬢が頭を抱えながらため息をついた。

 苦労しているんだな、華嬢。


「野次馬根性もあるのですけれど、私はその後が気になっていたので、こうして呼んでいただけて嬉しいです」


 私がそう告げると、華嬢が表情を和らげる。

 気を遣わせた、と思っただろうか。

 まあ、半分気を遣い、もう半分は本気だけれども。


「まず、あの投稿は消去されました。痕跡も残っていないはずです」


 華嬢が言い、例のオープンチャット画面を見せてくれた。

 確かに、都市伝説巡りに関しての投稿が一切なくなっている。


 都市伝説の内容も、オフ会に関しても。


「投稿がなくなってしまうと、オフ会に参加された人の中に、不思議に思う人はいるんじゃないですか?」

「投稿がなくなることは、今に始まったことではないようで、誰も気にしてないようです。おそらく今までも、似たようなことがあったんだと思います」


 神様の気まぐれみたいなやつか。


「良かったです。もう、ああいう事が起こらないみたいで」


 私がそう言うと、圭「まさか」と言って笑った。


「残念だけど、また起こるだろうな、ああいうの」

「でも、投稿はなくなったんだろう?」

「投稿はなくなっても、都市伝説ってのは勝手に生み出されるし、勝手に作り上げられる。どうせまた似たようなもんが投稿されて、似たようなラリーが開催されるって」

「そういうものなのかい?」

「そういうもん。んでもって、時々暇つぶしに遊んでやろうって遊んでるんだって」

「暇つぶしって……タケさんは、ひどい目に遭わされたのに」


 ため息交じりに言うと、華嬢が「仕方ないんです」と言って苦笑する。


「人間も、暇つぶしにできることをするでしょう? 人間以外も、同じようにできることをしているだけなんです」

「人間もそこに乗っかってるんだから、ある意味ウィンウィンじゃねぇの?」


 ウィンウィン……かなぁ。


「まあ、また困ったら相談してくるんじゃね? そういう事態にならなければ、それでいいけどさ」


 圭はそう言うと、ずずず、とオレンジジュースを飲みほした。

 相変わらず、早い。

 空になったグラスを置き、圭が「そういえば」と口を開く。


「おっさんはさ、タケさんが元に戻るようにって無意識に願ったじゃん? もしも、最初から一つだけ願いが叶うって分かっていたら、別のことを願った?」

「願い、か」


 もしタケさんきっかけだったら、やっぱりタケさんの事を願いそうな気がするけれど、それを取り除いたとしたら何だろう。


 お金……は、別に生活する分には困っていないし。

 健康……は、今のところは大丈夫そうだし。


「体が疲れにくくなるように、とか」

「それは無理なんじゃね? ささやかな願いってやつだから、失くしたものが見つかるとか、くじが当たるとか、そういうやつ」

「神様と言っても、万能ではありませんから」


 華嬢が補足するように言った。彼女も、私の答えに興味があるのだろうか。

 となると、更に願い事の幅が狭まる。

 見つからずに困るものは今のところないし、くじは引かないし、欲しいものと言っても。


「あ」


 一つ見つけて、思わず「ぽん」と手を打つ。

 それを見て、圭が噴き出す。


「本当にそれする奴、いるんだ」


 失敬な。

 私は気を取り直し、一つ咳払いしてから口を開く。


長谷川(はせがわ)さんのご飯がまた食べたい、かな」


 先月、仕事の手伝いを行った際、華嬢の家政婦をしている長谷川さんという方の作ったご飯を食べる機会があり、それが大変おいしかったのを思い出した。

 あまりのおいしさに、毎日長谷川さんのご飯を食べているという華嬢を、羨んだくらいだ。


「長谷川のご飯、ですか」


 ぽかんとした表情で、華嬢が言った。

 圭がそれを聞き、大声で笑いだした。


 失敬だな、もう一度食べられるチャンスだと思ったんだから、仕方がないだろう。

 キャンプの日々は今振り返れば、運転手の片桐さんと、あのおいしいご飯に支えられていたと言っても過言ではない。


「分かりました。では、長谷川に頼んできますので、こちらで昼食を召し上がってください」


 華嬢はそう言うと、スマホを手に立ち上がる。長谷川さんにお願いしに行くのだろう。

 圭はひとしきり笑った後、華嬢の背中に向かって「俺の分も!」と声をかける。華嬢は「はいはい」と言わんばかりに手を振り、応接間を出て行った。


「まさか、長谷川のご飯だなんて」

「本当においしかったんだ」

「そりゃあ、おいしいけれどさ」


 再び圭が笑いだす。

 あまりにも笑うので、私もつられて笑ってしまった。


 願いが叶うことは素敵なことだけれど、その願いが皆にとって素敵かどうかなんて、叶える方にはわからない。

 美しく見える光も人によってはまぶしくて仕方がないし、陰鬱な闇も人によっては落ち着く空間となるだろう。

 その判断を下すのは受け取ったものであり、与える方ではない。

 そうして様々な思惑が交じり合い、事実と結果を生み出していくのだろう。


 厄付なんていう体質は決して良いものではないけれど、その延長線に今があり、そうしておいしいご飯を食べさせてもらえるのだ。


「俺も長谷川のご飯、楽しみになってきた。いっぱい食べよう!」


 すごい量を食べるんだろうな、と容易に想像できて、私はさらに笑みをこぼした。

 もしかしたら、私も圭につられてたくさん食べられるかもしれない。年甲斐もなく、どんぶり飯にてんこ盛りされたご飯をほお張ったりなんかして。


「いや、それは無理か」


 想像すらできない自分の姿に、思わず私は手を振りながら呟いた。

 圭のようにたくさんは食べられないだろうけれど、きっといつもよりも多めには食べられるかもしれない。

 そんな私の期待に呼応するように、ぐう、と腹が鳴るのだった。


<思考の波に思いを馳せ・了>

これにて、普通のおっさんの非日常体験「紫紅の波」は終了となります。

長らくお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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