11月23日(土)
嬉しいけれど今一つ喜びの少ない、勤労感謝の日がやってきた。
今日は勤労を感謝されないどころか、別の勤労に励むのだけれども。
まあ、勤労というか、ちょっとした楽しみというか、別世界へ足を踏み入れるというか。普段の会社とは全く違う勤労だ。
昨日圭から言われた通り、動きやすい服と靴を用意した。といっても、トレーナーにジーパンといった、簡素なものではあるけれど。
これにパーカーでも羽織って、スニーカーでいけば、そんなに困りはしないだろう。
私は準備をし、家を出る。自宅からの最寄り駅での待ち合わせなので、いつもの通勤のような気もしてくるのが不思議だ。もっとも、着ているのはスーツではなく私服だけれども。
駅に着くと、既に圭が待ち構えていた。口がもごもご動いている。
「おはよう、圭君。何か食べてたの?」
「……肉まん。美味しかった」
「良かったね」
隙間時間でも食べるんだな、圭君。さすが大食い。
圭に連れられ、駅のホームへと出る。移動中に、今回の事についてざっと説明が行われた。
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事の発端は、SNSのオープンチャット「都市伝説検証し隊」のオフ会だったそうだ。
その名の通り、各地にある都市伝説を投稿し、検証するのが目的のグループチャットだ。雑談もするらしいが、主な議題は「本当に存在するのか」だそうだ。
そのうち、今から向かう流海町での都市伝説オフ会が、先日行われたそうだ。
1.Aビルの地下2階は、エレベーターボタンがあるものの、実際下りることはできない。
なぜならば、そのビルに入っているリサイクルショップで回収したもののうち、怨念が渦巻いている商品を置いているからである。
社員の中でも限られたものしか地下2階には行けず、たまたま行ってしまったアルバイトや客が行ってしまうと、帰ってこれなくなる。
2.B神社にいる狛犬は、通常向かい合って設置されているはずなのに、ある特定の時間だけ背中合わせになっている。
それは、設置された狛犬の間には狛犬が見てはならぬものが存在するからであり、見た者はその恐ろしい存在と取って代わられてしまう。
3.C駅近くにある噴水のまわりを反時計回りに10周すると、噴水の水が勢いよく出てくることがある。水の勢いは反時計回りに回った力の反動であり、その力を用いて別世界へ行くことができる。
何でも、その水から見たこともない硬貨が出てきたこともあるとか。
4.Dバス停には、見たこともないバスが来ることがある。そのバスに乗客はいない。行先も書いていない。
だが、バス停には必ず止まり、待っている人を乗せようとしてくる。乗ったら最後、二度とこの世には戻ってこれない。戻ってきた人はいない。
5.E地点にある記念碑は、何の変哲もない。ただ、手順を踏めば、見たこともない聞いたこともないものに出会えるという。
「その手順とは……1から4まで順番に巡ることだ!」
圭がそう締めくくり、私は思わずびくっと体を震わせた。
あれだ、怪談噺の最後に「お前だ!」とか言われる奴に近い。または「お前の後ろだ!」とか。
「それで、そのオフ会は全てを言われた通りに回ったってことだね?」
「一応は。それで、そのうちの一人がおかしくなったんだと」
「一人だけ?」
想像よりも、少ない。
「そのオフ会とやらは十数人で回ったそうなんだけど、時間の都合とか移動の面倒くささとかで、ちゃんときっちり都市伝説に合わせて回ったのは3人だけ」
「そのうちの一人が、おかしくなったってこと?」
「そういう事。だから、残り2人が怖がってしまって、相談してきた」
「おかしいって、具体的にはどんな?」
「それが、実際に見てはみたんだけど、ちぐはぐなんだ。何か乗っ取られている感じもするけど、実際引きずり出そうとしても出てこない。どちらかというと、何にも乗っ取られているわけじゃない。自分の意思でおかしくなってる」
「虚言ってこと?」
「いや、自分の意思でおかしくはなっているけれど、そこにおかしくなるという意思はない。指令が上手く伝わっていないというか、なんというか」
圭はそこまで言い、うーんと唸った。そして、突如私の背中を、ばん、と叩いた。
痛い。
思わず「えっ?」と声が出る。
「今、俺はおっさんを叩いたわけだが」
「痛かったよ」
「俺はおっさんを叩くのではなく、話しかけようとしただけだった」
意味が分からない。
私が呆然としていると、圭は「だから」と更に口を開く。
「俺は話しかけようとした。だけど、実際に行われたのは、おっさんの背中を叩くという行為だった。こういう、意思と行動が上手く伝わることが無く歪められている感じ」
「やろうとしていることが、違う」
私が言うと、圭は「そういうこと」と言って、うんうんと頷く。
「だから、おかしくなった人は、実際は別の事がしたいってことだ」
「別のことがしたいのに、それとは違う行動をするってことは……例えば?」
「部屋の中を動き回って、かと思えば倒れ込んで、食事をしたかと思えば全部吐いて、そうかと思えば笑いだすみたいな」
それは怖い。
神妙な顔をする私に、圭は「怖いよな」と言って頷く。
「せっかく食べたものを全部吐くとか、勿体なさ過ぎて怖いよな」
そこじゃない。
圭的にはそこが怖いのかもしれないけれど。
狐憑き、という症状に似ている。昔、流行った怪談噺の一つだ。「こっくりさん」という占いをして、狐にとりつかれたかのような言動をするというものだ。
詳しくはよく知らない。紙に五十音とか鳥居とか書いて、十円玉に複数人で人差し指を置いて行うというのは、なんとなく知っているけれど、実際にやったことはない。
小学校の時、クラスでは「こっくりさん」ではなく「エンジェルさん」みたいな名前のやつが流行っていた。十円玉ではなく、シャーペンでやっていた。
シャーペンだから芯が折れたり無くなったりした際、やっていた子たちは一旦手を止めて、芯をカチカチと出していた。不思議現象を行っているというのに。
確か、こっくりさんで十円玉から手を離したらいけないと言われていたはずだ。
とにもかくにも、そういったなんだか不思議な力を借りて行う占いなどには「決まり事」があり、それを破ると「恐ろしい事」や「取りつかれる事」が起こるのだという、そういう思い出と今回の話が合致しているように思えた。
実際「エンジェルさん」の途中でシャーペンをカチカチしていた子達に、異変はなかったようだけれども。
「今日は、残り二人と追体験をすることになってる。怖いから、もしかしたらやらないとか言い出して、俺とおっさんしかやらないかもしれないけど」
「私も怖いけれど?」
「大丈夫。事前調査でその五つ回ったところで、何も起こらないから」
「事前調査で、やっているのかい?」
「やってる。でも、何も起こらなかった。だから、実際に行った人間を連れて追体験してみるんだ」
「なるほど」
それなら、今日も大丈夫なのかも……?
いやいや、実際におかしな行動をしている人が出ているのだから、何かしら起こった方がいいのかも?
私が、うんうん唸っているのを見て、圭はくつくつと笑う。
そうこうしている間に、依頼人である二人との待ち合わせであるAビル前に到着するのだった。




