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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第二章

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最終話─エピローグ─『ふたり、また手を繋いだら』

「人間、いつ死ぬかなんて分かりゃしねえもんでさ。俺はもっと早くに死ぬと思ってたよ。見てみろよ、アラン。こいつの無様っぷりをよ」


 ばしっ、と太ももを叩いて、膝から足が義足になったクロードが笑う。戦場で吹き飛ばされてズタズタにされ、仕方なく斬り落としたからだ。命は助かったものの、ソードマスターとしては致命的な怪我を負うことになった。


 それでも大した問題ではない。生きているのだから。生きたいと願ったのだから。朝の陽射しを拝めるだけで、十分なほどの神の恩恵だとクロードは空を見た。


「十年も経つってのに、未だに足を引きずってる。馬鹿にしてくれていいぜ、おかげで俺は未だに独身ときた。ただの傭兵あがりの騎士サマじゃ旦那の貰い手がねえ。ったく本当に涙が出ちまいそうだよ」


 花束片手に、肩へ担いで、クロードは溜息を吐く。


「生きてりゃなんだってよかった。なあ、親友。お前はどうだ、そっちじゃ元気にやってるか。アライナとエボニーも騎士をやめちまって、親衛隊は新顔ばっかだ。騎士団も顔ぶれがえらく変わっちまったよ。俺は今じゃ特別指南役だ。嬉しくはないが給金はいい。戦争で足を吹っ飛とばしたおかげかもな」


 物言わぬ綺麗な墓石の前で、クロードは屈んで花束をそっと置いた。


「戦争ってのはろくでもないもんだ。知ってる人間は殆ど死んだ。生きてた奴は、生きる希望を失ったか、もしくは騎士であることに苦しむようになった。十年経ったのに、未だに誰の傷も癒えてない。生きてるだけなんだよ」


 共和国との戦争に勝利した皇国も、華やかな凱旋式とはいかなかった。首都を攻め落とすために戦った最精鋭の騎士たちも、兵士も、殆どが命を落とした。笑い声よりも涙のほうが多かった。明日にも死のうと決めた者もいる。


 クロードは生き残った。後悔を背負いながら。


「実はな。覚えてたんだ。あの二人に初めて会ったときのこと。だからずっと気に掛けちゃいたんだが、何分と俺も、自分の生活ってのがあったからよ。……もっと積極的に声を掛けてりゃ、面倒を見てやりゃ、違う未来もあったのかな、なんて思ったりもするんだ。あいつらが、今もどこかで元気にやってる未来が」


 よっ、と立ち上がって体をぐぐっと伸ばす。未だになくなった足が痛むときがある。幻肢痛と言うのだと医者に言われたことをクロードは思い出す。きっとなくなった足だけが痛むのではない。ずっとずっと、遠い昔に、手を差し伸べられなかった後悔への痛みが伴っているのだ、とクロードが悲しそうに笑みを浮かべる。


「さて、そろそろ行かねえと。俺も忙しいんだ。戦後に結構な賞金があってな。今はそれを元手に孤児院を運営してる。幸せなもんだぜ、やかましいガキに囲まれてるのは。喧嘩もするし、泣き喚くし、夜中でも遊び回るし……けどまあ、これが平和なもんだ。今度、どっかに旅行しようって計画も立ててる。ここじゃない、遠い大陸はもっと技術が発展してるそうだ。ガキ共の希望でな……」


 ついつい帰りたくなくなってしまう。失った痛みは癒えない。だからせめて、痛みをいっときでも忘れるために墓へ訪れた。帰ると、ときどき思い出してしまう。子供たちの笑顔が繋いでくれる想いに生かされているだけで、ふとしたときに、心底寂しい気分になってしまうから、鎮めにやってきていた。


 だが、不幸とは思わない。失ってしまったものは多くとも、だからこそ得たものもある。過去があるから今に繋がっていて、過去とは心を育てる過程を意味する。クロードは、大きなものを失った代わりに、また別の大きなものを得たのだ。


「院長先生、まだ帰らないんですか?」


「アタシ早く帰りたいです」


 墓参りにわざわざ、孤児院から散歩のついでだと連れ出した二人が文句を垂れる。子供にとっては墓参りなど退屈で仕方ない。


「悪い悪い。ちょっと昔のことを思い出しちまってな。歳を喰うと、ついつい昔話って奴がしたくなるもんなんだ。良い奴も悪い奴も、みんなそうなる」


 白銀の長い髪をした少女が首を傾げた。


「そうなんですか。私にはよくわかりません」


 すると、もうひとりの少女がムスッとして頷く。


「アタシはケーキ屋に寄ってニコールちゃんと一緒に買い物するって聞いたのに」


 青藍混じりの真っ黒な髪をがしがしと掻きながら、梔子色の瞳が不満を訴える。


「そんなこと言ったら院長先生が泣いてしまうよ、アダム」


 二人の少女は、いつかどこかの大切な友人が、そのまま幼くなったようなほどソックリだった。戦争終結後に生まれたものの、悪化した経済が続く中で捨てられた二人は、五歳の頃にクロードの孤児院にやってきて、いつも一緒だった。


「分かった。じゃあ、帰りにケーキ屋に寄ろうな。お気に入りのケーキ屋に行こう。先に行っててくれるかい? 俺は煙草吸ってから行くよ」


 それを聞いて今度はニコールがムスッとする。


「また煙草。あまり吸い過ぎちゃダメだって他の先生が言ってましたよ」


「んぐ……わかったよ、これで今日はもう吸わない。約束だ」


 半ば信用ならない痛い視線に、クロードは苦笑いで目を逸らす。


「はーい。約束ですからね。────じゃあ先に行こう、アダム!」


「わーっ、楽しみ! 絶対手ぇ離さないでね、ニコール!」


 走っていく二人を見送り、クロードは墓を振り返ってから────。


「ま、いつ死ぬか分かんねえけど、幸せに死ねりゃそれでいいかもな。……そんで、もし生まれ変わりってのがあるんなら、次は今より幸せになりてぇもんだ」

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