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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第二章

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EP.45『世界の誰よりも』






 三年の月日が流れ、戦争を望む共和国には何度も使節団が訪れた。その度に深い交渉が重ねられてきたが、残念ながら決裂。使節団の責任者であったニコール・ポートチェスターは戦争が始まると同時に、最前線への派遣を志願する。


────その戦いぶりは人間のものとは思えないものだった。


「何故だ、人員はこちらの方が圧倒的であろう!?」


 共和国の指揮官が、怒りと恐怖の混ざった声で吼えた。皇国軍の数は精々、二万に満たない数が最前線に投入されている。一方、共和国は精鋭部隊を総動員したうえで兵力も倍は用意した。にも拘わらず、戦況は好転するどころか悪化を辿る。


 本来であれば圧勝するはずだった戦いは皇国軍の怒涛の勢いにより、敗戦寸前まで追い込まれた。とうとう、共和国の首都にまで僅か数千の兵士が攻め入ってきたと報告を受けたときには、もはや満身創痍だったからだ。


 皇国軍の猛攻に抵抗虚しく首都は陥落を目の前にする。


「……はあっ……はあっ……!」


 肩で息をして、身を丸めながらも必死に立つ騎士がいる。皇国軍も無傷ではいられない。最も守りの堅い首都に攻め入ったのだ、最終的に数千いた兵士や騎士は、およそ数百まで減ったとも言われる。その立役者となったのが、最期まで剣を振るった騎士。名をニコール・ポートチェスター。


────最強の騎士であり、敵国にさえ讃えられた英雄であった。


「うああああああああ!」


 がむしゃらに剣を振った。敵地で振る雨は冷たく、凍りついた心をよりいっそう深い場所へと誘った。皮膚は裂け、頭から流れる血が雨と混じって白銀の髪を紅く濡らす。表情は決して鬼気迫るものとは違い、何かを失ったような悲しい顔だったと敵も味方も語るほどに虚ろで、迫る敵はひとりとて逃がさず、逃げる者には剣を向けなかった気高さを持ち合わせた女騎士。


────何も得られなかった。何も成し得なかった。英雄に興味はない。ただ剣を振るうことで、冷酷になりたかった。忘れたかった。傷つけられた記憶に蓋をしたかった。苦しかった。助かりたかった。楽になりたかった。楽になれなかった。


「う……ふぐっ……うぅっ……! 私には、何ができたんだ……! 私に何が! 何年も何年も、私に何ができたっていうんだ……!」


 剣を地に立て、膝を突く。もはや体力は限界だ。オーラの発露すらままならない。何人も切り裂いて刃こぼれまで起こした剣は、今にも折れそうだった。


 何もない。手の中には、何もない。いくら敵を殺しても虚無感に襲われた。


「……潮時、かな」


 雨とも涙ともつかない頬を伝う冷たさが、心を浚っていく。


 いくら叫んだとしても、泣いたとしても、傍には誰もいない。


「もういいんですよ、頑張らなくても」


 声が聞こえた気がした。だが振り返ることはできなかった。剣の前で座り込み、何もかもがぼろぼろの姿で佇む自分を滑稽に思いながら。


「私が頑張らないと。私は何もできなかった。────君を助けることも」


「だから泣かないんですか?」


「……かもしれない。泣かないというより、泣けないんだ」


 ふふっ、と自虐的に笑って、雨が上がりつつある空を見上げた。


「あの日から私の中にあった大事な何かが全部なくなって、空っぽの器になってしまった。何をしても、何もかもが色を失ったみたいで」


「じゃあ、もういいんじゃないですか。やるだけやりましたよ」


 ニコールは小さく頷く。疲れ切って震える傷だらけの手を見つめた。


「情けないな。私は君がいないと何もできない」


「そんなことありませんよ。だって、戦争はこれで終わりでしょう」


「ああ。もうそろそろ行かないとだね」


 剣を握りしめて立ちあがり、ふう、と深呼吸する。目を瞑り、腕を広げて。生きていたことに感謝しながら。


「お迎え、ありがとう。君といっしょに行けるなんて嬉しいよ」


 振り向いた瞬間、広がったのは嘆きと悲しみの広がる戦場ではなく、どこまでも広がる花畑だった。美しい光景に息を呑み、目の前にいる女性に微笑む。


「ずっと待たせてごめん。私なりに筋は通したかったんだ」


「ええ、わかってます。私もまた会えて嬉しい」


 抱き締められたニコールは、驚きと照れがやってきた。それからすぐに落ち着いて、申し訳ないと笑いがこぼれた。


「あはは、残念。なんだか腕があがらないみたいだ、疲れちゃったのかな」


「ふふ、でしょうね。ゆっくり休みましょ」


「そうだね。ねえ、ひさしぶりに手を繋いでくれる?」


「どこまでも引っ張ってあげますよ。これからはずっと一緒ですから」


 夢なのかな。夢じゃないのかな。どちらでもいいや。────今は体から消えていく疲れと包み込む心地良さが、ニコールの全てを満たす。たった数年が、数十年にも数百年にも感じた。それが、今はたった数日前のことのよう。


「あぁ……すごく疲れたなぁ」


「なら、ちょっと休憩していきましょ」


「ありがとう。でも気分はすごく良いんだ」


 その場に座り込んで、ニコールは目を瞑った。愛する人の肩に頭を預け、これが夢であろうとなかろうと、もう二度と手放すまいと思った感情を抱きしめて。


「────愛してる、アダム。世界の誰よりも」

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