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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第二章

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EP43.『わかっていたこと』

 予想はしていたことだ。だからこそ成功率は三割。命を懸けるのはここからだとばかりに、ディアーナは魔法陣の外側に向けて一本の線を引き、その先から円を描く。中には大きな魔石を置き、魔力を注ぐ自分の代用とした。


「(与えられた時間はきっかり三分。……私に出来るのか?)」


 一瞬、脳裏に過った嫌な予感。倒れているアダムスカを前にして、あるひとつの不安が胸の中に芽生えた。ほんの僅かな、爪の先ほどのオーラが隠れていたとしたら。悪魔のオーラと呼び、まるで生きているようだと見てきたものが、本当の姿はそうではなくて────生きている(・・・・・)のだとしたら?(・・・・・・・)


 不安は的中する。ディアーナがアダムスカの体に触れた瞬間、指先から魔力を抜かれる感覚にゾクッとして、背筋を凍りつかせた。体内に隠れるようにして残っていた黒いオーラは、途端に魔法陣から魔力を吸い上げた。


「────やばい」


 焦ったディアーナが、アダムスカをジョナサンに任せて、置いた魔石を蹴り飛ばす。魔法陣の効力は消えたが、供給した魔力によって再び黒いオーラが息を吹き返した。復活してしまった。消せたはずのオーラが蘇った。


「まずいまずいまずいまずい……! ジョナサン、アダムスカの傷は!?」


「小さくなっています。ですがこれは……オーラによる修復かと……」


 宿主を喰らい尽くすまでは治癒力にもなる。ただし、外傷的な問題のみだ。吐きだした血を再生するわけでもなく、傷を癒す。問題は傷が深すぎたこと。オーラ同士の喰らい合いが体内で起きたのだ。アダムスカの体は、かなり傷付いた。それを治療するとなれば────寿命は再び削られていく。


「ディアーナ、アダムはどうなっている?」


 冷静過ぎる声が聞こえて、ディアーナの手が止まった。


 傍に、いつの間にか立っていたニコールが、焦りもなく尋ねた。


「死ぬのか。死なないのか」


「……そ、れは……その……」


 ぶるぶると震える手で、なんとかしようと試みるも、ディアーナは自分が思った以上に無力であったことに恐怖を感じ始めた。魔力が徐々に操れなくなっていく。


「もういいよ。アダムの治療は終わりにしてあげてくれ」


「でっ、でも……!」


「目を覚まさない方が良いこともある。わかっているんだろう?」


 次にアダムスカが目覚めたとき、いつも通りの日常が送れるかと言えば、ほぼ不可能だ。既に肉体はダメージを大きく受け過ぎて、黒いオーラでさえ修復しきれない。今以上にアダムスカから寿命を代償に治癒力を高めることさえできないほどに、命は限界を迎えた。


 もう助からない。ニコールはそう理解したし、間違っていなかった。


「十分、苦しんだ。休ませてあげたい」


 そっとアダムスカの傍に膝を突いて、頬に手を伸ばす。徐々に体温の消えていく体からは、まだ血の気は失せていない。だが、確かに息はしておらず、心臓の鼓動も感じられなかった。彼女は亡くなったのだ、と胸が詰まった。


「ニコールさん、我々は……」


「わかってる。最善を尽くしてくれた。大丈夫、怒ってなんかいない。ただ悲しいだけだ。こうなると分かって同意したのはアダムであり、私だから」


 一か八か。ただそれだけのこと。賭けようと言い出したのはアダムで、それに乗ったのは自分だ。頼らなければ可能性さえなかった。ディアーナの自信家なところは少し鼻につくと思ったのは事実だが、それもまた恐怖心を抑え込もうと必死だったのだろうと今なら分かる。


「少しだけ二人にしてもらえるかな。アダムと話がしたいんだ」


 かける言葉がない。何もかも準備を整えて万全の状態に持ってきて、たった三割。それでも成功すると信じていたのは、ディアーナたちも同じだ。自分たちの腕に成功するかどうかが掛かっていると、緊張の糸が張り詰めていた。


 事前にデモンストレーションも重ねた。極限まで突き詰めて、結果は死なせてしまっただけの、ただ無力で傲慢なだけの魔法使いとなってしまった。申し訳なさと悔しさと、意識が飛びそうなほどの失態への絶望に打たれた。


「ディアーナ様、行きましょう。これ以上は迷惑をかけるだけです」


「……う、うん……そうだな。今さらだけど何かあったら呼んでくれ、ニコール」


 愕然と、がっかりと、顔面蒼白になって言ったディアーナ。それを優しく見つめて、ニコールは「そう気を落とさなくてもいいよ、ありがとう」と伝えた。社交辞令のつもりもなければ、つっぱねるつもりもない。本心だった。


 そして静けさに包まれた部屋で、ニコールはアダムを膝に抱き上げて、優しく頬を撫でた。ついこの間までは笑ったり泣いたりしていた顔が、今はただただ穏やかで、息遣いのひとつ聞こえなかった。


「涙が出そうだ。でも、それだと君を困らせてしまうね」


 目に涙が浮かぶ。零れないように、感情を抑え込む。手が震えて、優しく触れた顔がぴくりともしないことが悲しかった。


 何を言っていいのかもわからない。何をしていいのかも。漠然と、愛する人の死を目の当たりにして、胸を締め付ける痛みが増していく。


「……少しだけ、昔の話をしようか。君がいなくなった後のこと」

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