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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第二章

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EP.42『荒療治に奇跡を託して』

 誰かを愛しいと思ったのは初めてだった。誰かを守りたいと心から感じたのに、今は自分の手から零れ落ちそうな、嫌な予感があった。それでも止まることのない恋人の、重たくて軽い想いが、胸の中へ入り込んで揺蕩う。


 後悔しないように生きてきたつもりだ。どんな選択であれ、受け入れて、目の前にある道を歩き続けようと決めていた。なのに、今は立ち止まりたい。やめたい。引き返したい。でも、どちらにしたって、アダムの命は────。


「では移動しようか、諸君。最上階で準備を整えてある」


 ディアーナに連れられて魔塔の最上階へあがっていく。長い長い階段が、以前の倍は距離があると感じてしまうほど、ニコールの気分は良くなかった。だが引く道はない。たった三割でも、確実な死よりはマシだと呑み込んだ。


「長らくご苦労だったな。さっそく始めるとしようか」


 最上階、魔塔主の部屋は以前とは少し違う。中央にあったテーブルは隅に追いやられ、部屋の中央には大きな魔法陣が敷かれている。周囲には、治療に使うのだろう魔道具の数々が置かれてあり、それらは全て今日のためにと用意したのが分かるほど、まったく使われた痕跡がない。


「まずは中央にアダムスカ、君が立ちたまえ。ニコール、君は彼女の正面か、あるいは真後ろに。剣を構えて指示通りにオーラを籠めて欲しい」


 二人は緊張の面持ちで頷き、指示に従って自分の立ち位置を確認する。ジョナサンがいくつかの魔導具を傍に置いたら、魔法陣に手を置いてディアーナに目配せして、準備完了の合図となった。


「よし……。ではニコール。まずは剣に限界までオーラを纏わせるんだ。君自身が気絶してもおかしくないと思うような限界ギリギリだよ」


「わかりました、やってみます」


 両手に構えた剣にオーラを籠めていく。その間、ディアーナが話をする。


「いいかい、二人共。黒いオーラは主人さえも喰らうことから、通称を悪魔のオーラとも命あるオーラとも呼ぶのが研究者の間ではよくある話だ。魔法使いには手に負えない代物だ。先に魔法陣を発動させると、狙いをつけた猟犬のように体外に出てきて魔力を喰らい、侵食を加速させてしまう可能性がある。だから完全にオーラが消えてからでなければ魔法陣は発動できない。頭に叩き込んでおきたまえ」


 魔力を消失させる赤のオーラと違い、黒のオーラは纏って振るえば、あらゆる魔力や他のオーラを吸収する性質がある。だが、そんなものは滅多と見られる光景ではないので、知らない方が当たり前だ。現にディアーナでさえも、過去に古い文献を改めて見直したことがあり、そこで初めて知ったこともあった。 


 白銀のオーラだけが黒のオーラを消失させるのは、あらゆるエネルギーに触れると自らの負のエネルギーとして蓄える黒のオーラにとって、なによりも強烈な正のエネルギーは唯一の猛毒と成り得るからだ。


「いいか、完全に消えなければ、私たちの魔法陣に流れる負のエネルギーを供給源として黒のオーラは消滅を免れてしまう。だから、たとえ深手を負ったとしても消えるまでは手出しできない。そこが生死の境だ」


 僅かな時間のずれをも許さない、極めて難易度の高い荒療治。魔法のエキスパートであるディアーナやジョナサンの力量を以てしても、三割。


「(オーラが互いに干渉するということは、痛みを感じるアダムにとって死の激痛になるはず。痛みによるショックと多量の出血。最終的には剣も抜かなければならないだろう。となれば、確かに生存確率は低い)」


 それでもやるのだろうか。ただ苦痛を伴っての死を迎えるのではないか。苦しむ姿など見たくない。ニコールの手が自然と震えた。必死に抑え込もうとしても、思い通りにはいかない。


「ニコール」


 名前を呼ばれて顔をあげた。いつもより小さく見える背中が臆病に語った。


「正直、アタシも震えてます。足、がっくがくで。今にも膝から崩れ落ちそうなんです。蹲って泣き喚きたいんです。……でも信じたい。助かるって信じたいよ」


 震える涙声が、必死に縋るように言った。そっちも同じ気持ちでいてほしい、信じて欲しい。一緒に踏み出して欲しい。そう言いたいのに、うまく言えないもどかしさにアダムスカは苦しんだ。


 そのときになって、ようやくニコールは自分の震えが止まった。


「信じてるよ。私は君に助かってほしい。だから信じよう、二人で」


「……はい、お願いします」


 もうそろそろいいだろう、とディアーナが視線で合図を送ると、ニコールは話すのをやめて剣を強く握りしめる。ぐっ、と深く構えて、切っ先を────。


「────ありがとう、ニコール」


 突き刺す瞬間、アダムスカは言った。ニコールには表情が見えなかったが、確かに微笑んでいた。胸を貫かれる感触、そして貫く感触。どちらも最悪の気分にはなる。なるものの、希望は捨てなかった。大丈夫と信じた。


 傷口から噴き出して溢れる黒いオーラが白銀のオーラと絡み合う。


「よし、ニコール! オーラが消えるまで剣は抜くな、出血が多くなる!」


「わかりました……!」


 勢いにのせて返事をしたものの、無理やり抜かされそうなほど押し返す力を感じる。なんとか耐えなければ、と踏ん張った。


「(アダムは……もう気を失っているか。黒いオーラに体が反応して立っているだけで、本人に意識はない。最初の痛みで気を失ったのか……)」


 黒い煙のようになってオーラは消えていく。完全に見えなくなったとき、ニコールの剣を伝っていた圧が、途端にふっと軽くなった。


「今だ、魔法陣を発動する! ニコール、剣をアダムから抜いて外へ出ろ!」


「あ……は、はい!」


 剣は思いのほかするりと抜けた。奇妙な感覚に襲われながらも、ニコールは魔法陣から離れる。強い光が魔法陣を輝かせ、その場に倒れ込んだアダムスカを包む。


「ジョナサン、魔力抽出器に魔石をセットしてくれ、魔法陣の維持はこちらで」


「お任せください。他に必要なものはございますか」


「そっちに置いてある魔力加速装置だ。魔法陣の端に置いて魔石を嵌めて起動してくれ。循環が滑らかになる。魔法薬に浸した布の用意も頼む」


 二人がてきぱきと動くのをニコールはじっと眺める。魔法陣は傷を癒すためのもので、気を失ったアダムスカの生命維持装置の役割があった。対象を絞って起動するためにニコールが出た後は、誰が出入りしても問題はない。


 ジョナサンが魔法薬に濡れた布の一枚を背中に貼り、アダムスカの体を仰向けにして、残った一枚で傷口を押さえた。そこからは彼も布を経由して魔力を注ぎ、アダムスカの傷口を塞ぐために尽力する。


──────だが、問題は起きた。


「ディアーナ様」


「お、なんだ。もう上手くいったか?」


 順調に進んでいたのもあって、ディアーナも期待の眼差しを向けた。


 帰ってきた言葉が、その目を濁らせるのに時間は要らない。


「────息をしていません。生命活動に弱まりが見られます」

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