EP.41『重くて、軽い』
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気付けば、あっという間に数日が過ぎた。久しぶりに楽しんだ観光はようやくそれらしいものとなり、後は魔塔へ行ってアダムスカからオーラを消滅させるだけだ。上手くいくかどうかは分からないので、ひどい緊張の中、船に揺られた。
着いた頃には緊張でニコールは吐き気すら催していた。
「大丈夫ですか、ニコール」
「う……。だってこれから君を剣で貫くわけだろ……?」
「まあ、想像するの嫌ですよね」
どんな理由があるにせよ、大切な人を自分の剣で突き刺すなど正気の沙汰ではない。だが、そうしなければ救えないのだ。緊張もするだろうし、怖くもある。今にも泣きそうなほど嫌な気分に違いない、とアダムスカも苦笑いを浮かべて慰めることしかできなかった。
「やほ、レディたち。呼びつけてすまなかったね!」
船着き場で休憩しているニコールたちのもとに、ディアーナがジョナサンを連れて一緒にやってきた。相変わらず自信たっぷりの笑顔だ。
「こんにちは、ディアーナ様。私たちが頼んだことですから、お気になさらないでください。それより、これから早速行うのでしょうか?」
「うん、そのつもりだよ。剣もきちんと腰に差しているようだね、上出来だ」
指を差された剣を、ニコールはぎゅっと握った。
「あまり気は進みませんが、絶対に必要なんでしょう。ですが、その前にお聞きしたいことがあります。よろしいでしょうか?」
「構わない、聞きたまえ。答えてあげよう」
なんでも聞けと言う態度に、なんとなくニコールは嫌な気分になる。ディアーナのように前のめりな自信家はあまり好きではなかった。
「アダムの生存率です。お二人が治療にあたってくれるのなら、どの程度の助かる見込みがあるかを聞いておきたいんです」
まあ予想はしていた、とディアーナは答えようとする。その後ろで、ジョナサンが肩をぽんと叩いて「私から説明させて頂けますか」と前に出た。いつものように優しい表情でニコニコしているが、口から出た言葉は真逆だった。
「────三割、といったところだろうと思う」
「たった三割なんですか!?」
ニコールが驚愕する隣で、アダムスカの表情に陰が差す。
生存率は僅か三割。生き残る可能性の方がずっと低い。だが、それでもディアーナとジョナサンが事前に準備を重ねて、自分達の出せる最大限の魔力も用いての三割は、生半可なことではない。
「言っておくがねえ、レディたち。黒いオーラは普通とは違う、超のつく特殊性を持ってるんだ。それも悪い意味でな。三割も生き残れる確率があるだけありがたいと思ってほしいね。こちらも命懸けになるんだから」
高圧的な雰囲気のディアーナが、ふふんと小馬鹿にするように鼻を鳴らす。段々とニコールとアダムスカの二人が苛立ちを覚え始めたところで、ジョナサンは庇うように割って入った。
「申し訳ない、ディアーナ様も君たちを不快にしようと思っているわけじゃない。命懸けなのも事実なんだ。溜まった黒いオーラについて、あのあと引き続き調べていたのだが、どうやら魔力の干渉を受けないらしい」
ジョナサンは小さく頭を下げた。
「こちらの不手際だ、伝えるのが遅くなってしまった」
「アタシたちは別に構いませんよ。それで、どうしても三割なんですか?」
「うむ、そうだとしか言えない。こんな報告になって申し訳ない」
本当なら確実に助けてやりたい、という気持ちはある。だが黒いオーラが魔力の干渉を受けない以上、完全にオーラが消失してからジョナサンとディアーナは全力で治療のための魔法を行使する必要がある。そのためにあらゆる魔道具や事前に魔法発動にかかる時間を計測するのにデモンストレーションも行った。
結果、三割。白銀のオーラについては黒いオーラよりも研究結果が少ないのもあって、下手に魔力を使って弾かれでもしたらどうなるか分からない。ゆえに危険は伴うが、オーラが消えたのを確認するまでは魔法を使えないのだと説明した。
「リスクは高いが、それでも三割まで引き上げた。しかし君たちに強制はしたくない。用意こそしたけれども、選ぶのは君たちだ。どうしたい?」
提案したこととはいえ、命を扱う以上は全ての責任を背負えない。ジョナサンは、今この場で二人が選んだ道に進むべきだと迫るしかなかった。
「……アダム。君の体のことだ、君が選んでくれないか」
ニコールには選べない。いずれにせよ、残る道は今のまま短い時間を過ごして別れを迎えるか、可能性の低い目の前の手段に賭けて、あるいは死なせてしまうかも
しれない。永遠の後悔を背負う可能性は、あまりに怖ろしい。
「アタシは────」
答えなど、考えるまでもない。
アダムスカは憂いのない笑みでニコールに言った。
「死んだら永遠にアタシのこと背負ってほしいです。だからやりましょう。病気よりも、アタシを永遠に刻める方が良い。呪いみたいに。重いですかね?」
よくもまあ、そんなことを平気で言えるとニコールは驚く。同時に悲しくもなった。もう、道を選んでいる余裕などないのだ、と。
「……ううん、軽いよ」




