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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第二章

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EP.40『いつか遠くへ』

 乗り気ではない。だが言われたことに反論できなかった。


 リスクを取らずに出来るはずもないのだ。それほどアダムスカの状態が深刻であると気付いていたはずなのに、愛する人の胸に剣を突き立てるというのが、あまりにも恐ろしかったから。


 一歩間違えば、ただの人殺しだ。助けたかったと言い訳をして、惨めな気分に陥って苦しんでしまうのが、恐ろしかった。助けられる可能性より、ずっと大きな感情として胸の内を占めていたのだ。


「元気、出ませんね。なんだか肩透かしを喰らった気分です」


 頬杖を突きながら、ケーキを口に放り込んだアダムスカは憂鬱だった。


「なんでも上手くはいかないものですね。むしろ、今までが順調すぎたのかもしれません。港町のことでもそうですけど、貴女もアタシも助かったのは、たくさんの人達と関わった事による奇跡みたいなものですから」


 今までオーラのおかげで何度救われてきたか分からない。自分の手の中からたくさんのものを取りこぼしてきたとしても、命だけは助かってきた。それを奇跡と言わずしてなんなのか?


 だったら、高い確率で死ぬと分かっていても試してみる価値はあった。


「奇跡を信じましょう、ニコール」


「でも……。オーラで貫くということは肉体へのダメージが……」


「ええ。かなり響くでしょう。ましてオーラまで消滅するんですから」


「なのに、本当にやると言うのかい? 君が死ぬとしても?」


「やらないよりマシでしょう。どちらにせよ、今のままではただ死ぬだけです」


 隣に座るニコールの手を、テーブルの下でぎゅっと強く握りしめた。


「アタシ、後悔はしたくないんだ。許してくれよ、今回くらい」


「それで死んだら。私にはなんて言うつもりなの?」


「どうかなあ。言う事はないけど、アタシ以外と手は繋がないでほしいかな」


「ははっ……何それ。子供っぽい」


────本当に下らない願いだ。たとえば死ぬとして、ニコールが誰かとくっつくところは想像がしたくなかった。手を繋いだり、笑い合ったり、頬を紅く染めたり、アタシだけが知っているニコールを他の誰かに奪われるのが嫌だった。


 だから、呪った。アタシがもし死んだら、永遠に忘れられないように。


「……そろそろでましょ、ニコール。いずれにしても、数日経たないと迎えには来てくれませんから。観光とかしてもいいんじゃないですか?」


「あ、そうだねえ。今のうちに、できてなかった事たくさんしておこっか」


 後悔しないように、とは思っても口には出さなかった。乱雑に積み上げられた失望や不安に埋もれた小さな希望を掴むことは、どんな戦いよりも過酷だ。おそらく負けるだろう、と想像ができる。残念ながらニコールには受け入れる自信がない。今はただ、表情に出さないまま、目を背けたかった。


 先を歩くアダムスカの背中が遠くて、小さく見えた。胸の中を無理やり棒で掻きまわされるような不愉快に襲われても、どうしようもない。伸ばしても届きそうにない気がして、現実に目を向けられず、俯いてしまう。


「なーにしてるんですか。早く行きましょ」


「あ……うん。どこから行こうか?」


「そうですねぇ……。あっ、じゃあ皇都の皆にお土産、買いに行きましょう!」


「いいね。好みはよく知らないけど、なんでも喜んでくれるよね」


────永遠になんて生きられない。オーラ使いはそもそも短命だ。せいぜい生きて六十年の短い命。だけど、アダムはもっと短い。残り僅かな時間を必死に生きている。ほんの僅かな可能性さえも信じている。


 なのに私は、私はただ、怖くて、怖くて、仕方がない。たくさんの人に囲まれて死ねたとしても────君がいなければ私はどこまでも孤独だ。


「アダム」


 少しだけ大きなアダムスカの手。掴んだとき、自分の手の冷たさにニコールは苦しくなる。これが、この瞬間が、何回訪れるのだろうか?


「いなくならないで」


「……ふふっ、大丈夫ですよ。奇跡は起きますって!」


 何度も何度も、危機を切り抜けてきた。もしアダムスカがいなければ、ニコールも、とっくの昔に死んでいる。ゴアウルフ討伐のときに噛み砕かれて短い生涯を終えていたはずだ。そう思えば、いくらかは信じられる気がした。


「ねえ、ニコール。もし戦争になったら、どこか遠くへ行きましょう」


「遠く? 皇国ではない、もっと別の場所?」


「ええ。西方の小さな島国なんていかがでしょう。あるいは海を渡った先にある、別の大陸とか。もっと平和で静かな暮らしのできる場所へ逃げるんです」


 徴兵されたら、必ず戦場という死に場所に送られる。その前に逃げてしまえばいい。どこか遠くへ。周りの人間の誰もが知らないような土地で、自分たちにも分からない生き方で。死ぬまで平和に。


「いいと思いませんか。庭のついた小さな家で、毎日お料理とか、庭の手入れとかしながら、ときどき町でふらふらして過ごすんです。朝には喫茶店でコーヒーとケーキを頼んで、夜にはレストランなんて」


「うん……。そうだね、すごく良いと思う」


 手を繋いでのんびり歩きながら、アダムスカは空を見上げた。


「じゃあ夢も決まった事ですし、もっと笑いましょ! ニコール!」


「あはっ、ごめんごめん。暗い顔しすぎたね。────いこっか」

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