EP.9『ひとりぼっち』
イングレッツェル王国は多数の村や町、数カ所の都市で構成されており、王都であるギルテンブリッジは王国領の中心に位置する。どこへ行くにも中継地点として利用されるが、町や都市への道はある程度整備されていても人里離れた場所にある小さな村へ行くには些かの時間を要した。
早めに王都を出ては深夜に到着して村民に迷惑を掛けてしまうという事で、出発は夜。到着は昼間の明るいうちにしようとなって、足には個別に馬を連れるのではなく荷馬車を用意してもらう事になった。
「エリックさん、善い人でしたね」
「さあ、どうなのかな。私にはよく分からないんだ」
「なんでですか。あんなに頼もしい感じなのに」
「私とはよく口論をしていたからね。勤務態度が悪くて」
親衛隊に入る試験に合格した数少ない同期だが、ニコールはとにかく出世が早かった。とにかく真面目で鍛錬も欠かさず仕事も手を抜かない。休暇を貰っても王都のあちこちを巡回して、何度か事件を解決した事もある。書類仕事を苦にも思わず、身体を動かすのも大好きで、まさに天職だなと隊長にも褒められた。
一方、背中を追いかけるように必死だったエリックは、とにかくあと一歩何かが足らずに叱られてばかりで、そのうち手を抜くようになってしまった。変わらないのは習慣になっていた鍛錬だけ。
つまらない嫉妬心と切り離せない過去へのイライラをニコールにぶつけ、半ば自暴自棄になっていたところもある。そのせいで『善い人か』と問われると、なんとも答えにくい問題になった。
「まあ、それでも彼の事を少し知れたのは良かったよ。頼もしいかどうかはこれからハッキリさせてくれるさ。私たちはそれまでに準備を整えよう」
「そうですね。適当にパパッと荷物を纏めちゃわないと」
村に辿り着くまででも半日。そこから周辺地域の調査も含めて一週間以上を視野に入れ、野宿もする事を考慮して多めの金銭に加えて保存食も持ち込む。
「アダム、オールドサリックスについては?」
「そこそこ詳しいですよ。小さな農村ですけど、他の町からギルテンブリッジに向かう経由地として使う方もいるので、人は少ないけど栄えてる方です」
フォードベリー第三騎士団では他と違って調査派遣任務などが多く、荒事は他の騎士団が行った。そのため数名が各地で滞在するのも日常的で、アダムスカは見習いというのもあってよく連れ出された。おかげで各地についての知識はたっぷり蓄えられている。それが、アダムスカの小さな自慢であった。
「では滞在先はオールドサリックスにしよう。良い宿があるといいんだけど」
「ご紹介しますよ。前団長と親しくしてくれた方がいらっしゃるので」
「ハハハ、それは頼もしい。期待させてもらうとしようかな」
荷馬車に必要最低限の荷物を載せたら、先に町へ繰り出して時間を潰そうと計画する。フォードベリーの騎士たちに見つかれば揉め事になりそうな気がして、少し急くように出発した。
「夜までまだ時間ありますよね。ニコール、これからの予定は?」
「ひとまずは荷馬車で巡回だ。普段は徒歩だから楽に感じるよ」
「えぇ、観光とかしないんですか。巡回なんてやめてカフェに行きましょうよ」
「駄目だよ。ギルテンブリッジは平和だが、問題が起きないわけじゃない」
親衛隊および騎士たるもの、民が安心して暮らせるよう模範的に過ごす事こそ、求められる姿であると語り始めてしまい、アダムスカはげんなりする。
七年前の事件以降、フォードベリー第三騎士団が再編されるまでには多大な時間を要した。訓練もできていない者を加入させるわけにはいかなかったし、まして腕自慢なだけで給金が良いという理由でやってくるごろつき紛いの人間を入れてしまえば騎士団はただのならず者集団に変わり果ててしまう。
そのため皇室ならびに親衛隊の判断によって再編は非常に時間が掛かり、アダムスカは長期的な拘束に近い形で休暇らしい休暇もない。再編されてからも時間が取れない日々に追われていたので、羽を伸ばすとしたら今しかないのだ。
「むう、そんなに不貞腐れないでくれよ。どうせ夜までには終わるから」
「じゃあコーヒーを頂く時間くらいはできるって事ですか?」
「もちろん。町の巡回は私の日課だった。できるだけ欠かしたくないんだ」
「あ……すみません、贅沢言っちゃって……」
「いいんだよ。それで君と少しでも仲良くなれるならね」
問題解決のためにアダムスカとコミュニケーションを取るのは上手くいっている。必要以上の接触は仕事の範疇で捉えるならば無意味だが、個人的に気が合いそうだとニコールは出来る限り仲良くしたがった。
「私はね、アダム。君と友達になれたらなって本気で思ってるよ」
正直にアダムスカは驚いて目をぱちくりさせた。御者台に座って背を向けるニコールの表情が分からず、信じていいものかどうかと不安になる。それを汲み取るかのように、ニコールは続けた。
「私もね、友人がいないんだ。親衛隊では、ひとりぼっちだった」