EP.33『近くて遠い想い』
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三日の猶予を持って、再び港町に戻ったニコールとアダムスカは、二人で相談を重ねて、レスター伯爵邸には泊まらなかった。
あまり重ねて世話になり続けるのも落ち着かない。港町の雰囲気をより楽しむのに、どこか宿に泊まる方が気が楽だ。そこで、人気の宿を探しに行った。港町自体は見るものも少ないので、それなりに人気があっても空いている事が多い。
どのあたりにしようか、と地図を見て歩く。
「景色の良い場所がいいよね。お金は余裕あるし……」
「そういえば、さっき港の人が明日は雨降りそうって言ってましたよ」
「えぇ、そうなの? じゃあ海に近い場所はパスだねぇ」
釣竿を借りてみたかったと残念そうに竿を振る仕草をする。
「私、釣りってしたことないんだよね。君はないの?」
「ありますよ、川釣りですけど。何にも釣れなくて泣いたことあります」
幼い頃の思い出。養父に連れられて遊んだ森で、教わった川釣りは想像よりずっと難しくて、見えている魚が簡単に釣れると思い込んでいた懐かしさが表情に浮かぶ。気に入らなければ泣いて怒って、それから諭されて。
「……アタシ、あの暗い場所から連れ出されてから、色々あったんですよ。そのひとつひとつが、今でも大事な思い出なんです」
大切な人達の笑顔が忘れられない。大切な人達の最期が離れない。失くしたくない大事な思い出でもあり、今でも胸を締め付けるトラウマでもあった。
だが、それらも乗り越えるべき壁だった、と今は心から思えた。
「ニコール。アタシが相棒で良かったですか?」
「はは、当たり前のことを。今は君以外に考えられないくらいだよ」
「本当ですか!? あははっ、嬉しい! アタシもです!」
きっと、同じ気持ちで伝わってはいないだろう。笑顔を浮かべながらも、お互いの本心は悲しくなるほどすれ違いながら、心から相手を想っていた。
「それにしても人混みがすごいな……。皇都と違って馬車道もないし……」
「押し流されそうですよね。手でも繋いでおきます?」
このままだとはぐれそうだと思い、アダムスカで手を差し出す。
「え、あ、うん。そ、そうだね……!」
何の戸惑いもなく手を出したアダムスカの綺麗な指。剣を振っていてもタコのひとつ出来ていない。オーラ使いゆえに剣を枝のように振り回せる身体能力があるし、そもそも傷つきにくい体を作り、治癒力も常人離れしている。
そんな白く優しい柔らかな手に触れるのが、ニコールは気恥ずかしくなった。恋心を自覚してからか、アダムスカの何もかもが愛しく見えてしまい、触れる事さえ烏滸がましいのではとさえ思い始めていた。
「何をそんなに照れてるんです?」
「ううん、何にも!? 別に何も恥ずかしくないよ!」
「そ、そうですか……。ならいいんですけど」
慌てふためくニコールの手を、戸惑いながらも握りしめて町中を歩きだす。いつもよりも人通りが多く、本当に押し流されそうな気もしていたが、二人一緒に繋いだ手は絶対に放す事はないくらい強く握られていた。
「あっ、ありましたよ。此処とかも人気だそうです」
やっとの思いで辿り着いた宿屋は少しおんぼろで、いつぞやの劇場の事が頭を過ったが、ガラスの扉が見せた中の様子は、外よりずっと手入れが行き届いている。泊まるのには何も抵抗感がなかった。
「いいね。海からは離れてるけど、建物は三階建てだから景色は良さそうだ。町を一望できるんじゃないかな?」
「空いてると良いですね。とにかく入ってみましょ!」
さんざん苦労したのだから宿くらいは決まるだろう、と入ると体格の良い強面の男が、洗い物の手を止めてエプロンで拭いた。
「いらっしゃい。お二人さん?」
ニコールが小さく頷いた。
「お部屋は空いていますか。できれば三階で、二泊したいのですが……」
「う~ん、二階なら空いてるよ。三階は眺めが良くて人気だから、予約はなかったんだけど、さっき別のお客様がお泊りになってね」
いくらかの期待はあったものの、ある程度の想定はしていた。とはいえ、残念な気持ちは浮かんでくる。二人で顔を見合わせて、どうする? と互いに問いかけるような視線を送り合った。
「あの、他に景色の良い宿ってありますか?」
「いやあ、それこそ、うちが売りにしてるくらいだから他には……」
店主の男が困っていると、二階から誰かが降りてきて声を掛けた。
「三階の部屋が欲しいのなら譲りましょうか?」
ニコールは、それを聞いて申し訳ないと思い、降りてきた女性に振り向いて、両手を小さく振りながら「あ、大丈夫です。他に探しますから」と遠慮する。たかが宿なのだから、思い出くらいは他でも作れる、と。
しかし女性客と顔を見合わせた途端、全員がぽかんと黙ってしまった。
「あら、よく見たらニコールさんにアダムスカさん?」
「リリー? 君も旅行に来ていたのかい?」
先に来ていた宿泊客は、ハロゲットでの騒動で仲良くなった劇団の看板娘、リリーだ。相変わらずの愛らしさと凛々しさを兼ね備えた美しい顔立ちが、以前にも増してキラキラと輝いて見えた。
「会えて嬉しいわ。二人共、こっちに来てたのね!」




