EP.8『悪夢を消すために』
自信たっぷりにエリックが二人を連れて行ったのは、騎士団の訓練場だった。親衛隊からの来客というのもあって、ニコールと同様にエリックの存在はよく目立ったが、団員の中に一人だけ、見つけた途端に隠れるように他の団員の背に回ったのを見つけて、エリックは逃がすまいと大きな声を掛けた。
「よお、ブレット! 親愛なるお兄様が会いにきてやったぜ!」
手を振って挨拶をすると騎士団員たちはざわつく。半ば押されるようにして家族が来てるぞとブレットが前に追いやられて嫌そうな顔でエリックの前に立たされ、ジッと見比べたニコールがふいに言った。
「全然似てないな」
「うるせえ、馬鹿。それでも弟なんだよ」
エリックとブレットは紛れもなく血の繋がった兄弟だ。しかし、顔つきから性格まで殆どが真逆と言っていい。野暮ったくて美しさとは縁のないエリックと違って、ブレットはまさしく美少年で兄と違って穏やかな顔つきだった。
「こいつは俺と違って内向的だから、俺以外に感情を表に出さねえんだよ。……とまあ、あんまり目立つのもあれだから連れて行くか。別の所で話そう」
連れられて、人気の少ない場所に移ったら、最初に口を開いたのはブレットだった。心底うんざりした顔で、エリックではなくアダムスカを見た。
「……兄貴、なんでこいつと一緒にいるの?」
「おい。言葉は選べっておふくろから何度教わったんだ、お前は」
強く注意を受けてブレットは嫌そうに唇を噛んだ。
「でも、そのおふくろだって七年前に死んだじゃないか」
「それがこのアダムスカのせいだって、お前らは言ってるわけか」
情けない弟だ、とエリックが呆れて溜息を吐く。
「サンダーランド卿、君も被害者遺族だったんだな」
「ん? おお、そうだ。だけど別にアダムスカを嫌いなわけじゃねえ」
弟の頭をがっと掴んで頭を下げさせながらエリックは続けた。
「悪かったな、アダムスカ。弟が迷惑を掛けちまった」
「いえ、アタシは……。でも、なぜ彼を連れて行こうとしてるんです?」
「そりゃお前、俺らだけだと難癖付けられたときに困るからだよ」
エリックはアダムスカに対して敵意を持つ人間をひとりは連れて行くべきだと考えた。だが第三騎士団内に知り合いなどおらず、身内であるブレットであれば声を掛ける事ができるだろうと足を運んだのだった。
「嫌だよ! なんで僕が行かなきゃいけないんだ?」
「つれねえ事言うなって。大体おふくろが死んだのは、アダムスカのせいじゃねえなんて本当は理解できてるだろ。ガキみたいに文句ばっかりか」
叱られてブレットは俯いて黙り込んでしまう。それ以上の反論はなく、エリックはひとまず訓練場に帰らせて、またニコールたちに謝った。
「悪い。あいつはおふくろの事を本当に尊敬してたから……。けど、尊敬してんなら教えられた事くらい守れよって話だ。あいつは必ず連れていくから、そのへんは安心してくれ。色々と複雑なんだ、あいつも」
「私たちはもちろん構わないよ。でも……そうか、君も遺族だったとは」
知らなかったとはいえ力を貸して欲しいと申し出たのは嫌な思いをさせてしまったかもしれないとニコールが暗い顔をする。いつもなら憎まれ口のひとつでも叩くエリックだが、困った様子で宥めた。
「そう落ち込むなって、俺が悪い事したみてえになるだろ」
「君が遺族だと知らなかったから。君のお母様は騎士団だったんだな」
「……おう。当時はフォードベリーのベテラン団員でね」
ポケットをまさぐって、指にチェーンを引っかけて取り出したのは小さなロケットだ。開けば親子の肖像画が入っている。
「おふくろは良い人でな。品行方正で、誰に何を言われても動じない。偉そうにされたら、ちくりと言い返すところがあってよ。……なんとなく、その姿に似たものを感じて、いつもお前にイライラしてた。今まで悪かったな」
当時の副団長アリンダ・サンダーランドはゴアウルフに頭をかみ砕かれた姿で、物言わぬ体として帰ってきた。エリックが持ち歩くロケットは遺品だ。立派な母親の小言にうんざりした日々もあったが、それは大切な日常で、唐突に奪われてしまった。親衛隊に入ったのは、母親の事を思い出す事がないと思ったから。
しかし残念ながら同期にはニコールがいた。顔こそ似ていなかったが、その真面目を体現した振る舞いに面影を感じてしまい、会うたびにイライラした。
「俺も正直なところ吹っ切れてない。おふくろが死んだ事件で、誰かが裏で魔物を操ったなんて噂もあるが、とにかくこのままじゃ終われないと思った。お前らが来て、俺は多分、チャンスなんだと感じてる。墓前で胸を張るにゃあ、一緒にゴアウルフを討伐するしかねえ。毎晩見る悪夢から解放されてえんだ」
ロケットを握りしめ、ぐっと胸に押さえてからポケットにしまった。
「それで出発はいつなんだ?」
「今夜にも発とうかと。村までは半日ほど掛かるから」
「わかった。それまでには弟を引きずってでも連れて行くわ、待っててくれ」