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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第二章

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EP.27『黒の秘密』

 今までに見た事のない表情で詰め寄られたアダムスカは、驚いてニコールを押す。ニコールが、それで後ろに一歩でも下がる事はなかった。


「ち、違うんです、これは……!」


「何が違う。間違いなく血だ、私を誤魔化せるわけがないだろう?」


 視線が右へ左へ落ち着かないアダムスカに、ニコールが手を放して両腕をあげた。


「ほら、放した。だから落ち着いて聞かせてくれ。なぜ吐血を、まさか重い病気を患っていたのか? だとしたら無理に旅に連れだしたりは────」


「違います……!」


 怒らせてしまったのではないかと慌てる。だが、もどかしく唇が動くだけで、アダムスカは次の言葉を紡ぎだせない。言ってしまったら、この楽しい旅の時間が失われてしまう事を心の底から恐れた。


「アダム。私は話せる事は話してきたつもりだ。今の所、自分の身の置き場をはっきりさせるために、思い出せる限りの事は君に知ってもらっていると思う。……それとも君は、私に隠し事をしたまま後ろめたく旅をするつもりか?」


 悲しそうな顔。アダムスカの肩を掴む手に力が籠った。どうか話してくれと懇願するかのように迫られ、とうとうアダムスカも観念して口を開いた。


「……オーラのせいなんです」


「は?」


「黒いオーラ。これまでに何度も見せてきたでしょう」


 ニコールはうん、と頷き、ゆっくりと手を放す。


「戦うたびによく目にしてきたな。そのオーラのせいって……」


「はい。あれがどういうオーラか、ご存知ですか?」


 問いに対してニコールはう~んと顎を擦りながら考える。


「私の知る限りで答えるよ。深い悲しみや絶望、失望感を覚えた人間が稀に発現させるオーラだ。他のオーラとは逸脱した強力なオーラで扱いも難しいけれど、手にした人間は大きな力を得られるという……。ここまでは合ってる?」


 アダムスカは俯き、自分の腕を押さえるように抱き寄せて震えた。


「そうです。それが殆どの人の常識。でも違うんです。黒のオーラが他のオーラを超越する理由は────使用者の寿命を削って使われるから」


 命削りのオーラ。あるいは死のオーラとも別名が付き、一般的にはあまり知られていない。その強さから、過去の例を見れば英雄になった者が多いとされたが、それらの人々が早死にだった事までは、細かく調べなければ知る機会がない。


「寿命を削る……。まさか、使うたびに?」


「はい。それも使えば使うほど」


 これまで振り返っただけでも、アダムスカが大きなオーラを放ってきた回数はハッキリしている。ゴアウルフの討伐。第五親衛隊との乱戦。アイデンとの衝突。その度に、限界ぎりぎりまでオーラを用いた。


 もうアダムスカの体はぼろぼろだ。外面的には健康でも体内はズタズタで、長年の重病を引きずってきたかのように痛み切っていた。


「でも、仕方がなかった。貴女を救うためには使うしかなかったんです。救いたかったんです。すみませんでした、今まで黙ってて……」


「いいよ。話してくれてありがとう。でも、」


 聞くのが怖い。拳を握りしめ、ニコールは冷静さを保って。


「寿命はどれほど削られたんだ。後、どれくらい残ってる?」


 戦いだけで済めばいい。だがオーラとは発現したとしても自由自在に扱えるわけではない。ゆえに、訓練を重ねたはずだ。寿命が削れる中、ずっと、ずっと。今のように他の追随を許さないような実力を手に入れるまで。


 さらに言えば、直近で大勢の騎士たちを薙ぎ払うが如き勢いでオーラを使い、アイデンとの戦いでは経験値の差によって追い詰められ、ただの疲れでさえぽっきりと折れて倒れてもおかしくないほどの消耗があった。


 不安に心臓がばくばくと鳴った。人間は誰しもが都合の悪い話など聞きたくないもので、しかし同時に現実から目を背けられない。どんどん暗くなっていくアダムスカの表情と、必死に動かそうと震える唇が、胸を抉ろうとする。


「……持って一年半くらいだと思います」


「え?」


 アダムスカは洗面台に手を突いて、やんわりと体を預けながら話す。


「分かってたんです。旅に出る前から。────騎士団にいる頃から不調はあったんですよ。そのときには体の内側が黒のオーラに満ちていて、今のままでは生きるのは難しいと。無理せず安静にした方が良いと。特別な方に診て頂いたので間違いありません」


 既にゴアウルフ討伐以前から三年ほどの命と言われていた、とアダムスカは打ち明けた。だから極力、オーラは使わずに生きてきた。たった三年の命だとしても、今はまだ動ける。騎士団を変えるには十分な時間だ。


 それが、変わった。アダムスカの人生はニコールとの出会いで大きく動き、例え寿命を縮めても、この人を失ってはいけないと思うようになった。危険が迫れば自然と体が動き、傷つけられれば、かつてないほどの怒りを感じた。


「アタシは幸せ者です。貴女に出会って、たくさんの人達から認められて……。でも同時に怖いんです、今の幸せを手放すのが」


 アダムスカは必死に縋りついた。捨てられるのが怖かった。また孤独になるのが恐ろしかった。大切なものを失ったら、今度は立ち直れない。だからニコールを繋ぎ止めたくて、しがみつこうとして────。


「駄目だよ、アダム。今のままで楽しい旅なんか続けられない」


 突き放されるような言葉に、顔をあげた。泣きじゃくった顔が、ぴたりと時間を失ったように無感情になった。終わったと思った。


「────解決策を探そう。君に与えられた一年半で、必ず」

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