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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第二章

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EP.26『憂鬱な気分』




 アイデンの自害によって、事態は急速に幕を閉じた。その後、第五親衛隊の生存者は全員が素直に従ったが、例に漏れず全員が自害を選んだ。自分たちの情報を外部に漏らさないように教育を受けていたせいだろう、と結論が付いた。


 結局、タデウスに直接繋がるような証拠もなく、第六親衛隊からは『追及は難しく、今後も警戒が必要である』と判断を受け、数日は港町で様子を見るよう言われてニコールたちの滞在日数の延長が決まった。


「今回は、お前たちに随分と迷惑を掛けてしまったな」


 朝食の途中、マウリシオが申し訳なさそうに言った。大怪我を負わせたばかりか、妻を救うために二人の命を犠牲にしようとしたせいで、今朝からずっと気が重かったせいだ。意を決しての言葉だったが、ニコールもアダムスカも、気に留めてすらいなかったので、気持ちは空振りしたのだが。


「私たちは気にしてませんよ。ね、アダム?」


「ええ、もちろんです。でも、今回は流石に肝を冷やしましたよ……」


 目の前でニコールが刺された挙句、猛毒に冒された状態で出血も止まらない。そんな状況で抵抗も出来ず、応急処置もできないまま置いていくはめになったのだから、捕まっている間は気が気でなかった。


 隣で同じように捕まっていたカロールの事など目に入らないほど、頭の中はニコールの安否でいっぱいだったのだ。これにはニコールもバツが悪かった。


「すまない、私がもっと注意深く観察していれば良かったんだが……」


 しょぼくれるニコールに、マウリシオがごほんと咳払いをする。


「仕方ない事だろう。現場は暗くよく見えなかっただろうし、なによりアイデンも、奴の部下たちも、あまりに命を軽視している。常人では考えられない戦い方だ。アダムスカも同じ立場なら、奇襲を受けていたのではないか?」


 風向きが自分に向くとアダムスカはうんうん、と軽く頷いてから。


「おそらくそうだったと思います。人間の命を盾に使うなんて、不愉快極まりない行いです。想像できないどころか、想像する事を忌避してしまいますよ。────でも、そのせいで油断したのはニコールでしょう」


 明らかに怒っていた。静かに、どこまでも深く。


「確かにマウリシオさんの仰る言葉は理解できますとも。ええ、ですが、実際に怪我をしたのはニコールです。……それが無性に腹が立つんですよ。私だったら良かったのにって、何度も自分を責めなくちゃならない気持ちが分かります?」


 守りたかった。傷ひとつさせたくなかった。左目を覆う眼帯に触れた。ゴアウルフの最後のひと咬みでさえ、死んでも構わないと思った。たかが左目くらい、と。


 なのに、実際に怪我をして命を懸ける事になったのはニコールで、自分に出来た事は、ただ捕まって助けを待ちながら、無事を祈る事だけだった。情けなくて、くやしくて、深呼吸して自分の感情が爆発しないように抑える。


「これでは黒いオーラをなんのために得たのか……。アタシ、どうしても自分が許せなくて。挙句の果てには、アイデンを相手にまともに戦えもせず……」


 実力では確かに勝っていた。黒いオーラは、あらゆる戦闘特化のオーラを超える。使いこなせるアダムスカの強さは並大抵の鍛え方、戦い方では倒せない。だが、その場には、弱ったニコールがいて、気が気ではなかった。


 だから押された。だから負けた。精神で圧倒されてしまったのだ。


「気にし過ぎだよ、アダム。私は嬉しいけれど。こうして、二人で生きているんだから問題ないさ。次は私だって上手くやるよ」


「それは分かってますけどぉ……」


 俯いたアダムが、口元をパッと手で押さえた。


「すみません、ちょっと興奮しすぎたみたいです。気分が……失礼、お手洗いをお借りします。ごめんなさい」


 慌てて席を立って食堂を出て行くので、ニコールとマウリシオは呆気に取られて顔を見合わせる。ほんの間があって、ニコールも席を立った。


「食事の最中でしたが、ここまでにさせてください。アダムの様子を見てきます。なんだかいつもと違ったので」


「ああ、そうしたまえ。私も食べ終えたら、声を掛けに行くよ」


 ニコールは軽い礼をしてから食堂を後にする。近くの洗面所に足を運ぶと、シンクの前でがっくりと項垂れて、必死に口元を手で拭うアダムスカがいる。土気色の顔にニコールがそっと近寄って声を掛けた。


「アダム? ずっと気分が悪かったのかい、途中で退席するなんて」


「……! え、えぇ、ちょっと体調が優れないみたいで……!」


 慌てて笑顔を作って振り返ったアダムスカの顔を見て、ニコールは一瞬、時間でも止まったのではないかと感じた。口元に付いている赤黒い汚れに気付いて、理解するまでの僅かな瞬間が、数分にも思えた。


「アダム、ちょっとごめん。それ見せて」


 冷静なふりをして、ちっとも冷静ではいられない。顎をくいっと自分のほうへ向けて、口元についていた汚れを見て確信する。そうではないと思いたかったと、唇を噛んで険しい顔をしてしまうほどに、最悪な気分だった。


「────吐血したのか、アダム?」

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