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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第二章

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EP.24『後輩のために』

 作戦を立てる上で、最も忌避すべきは想定外の事態だ。だからアイデンは小さな穴さえ許さない。あらゆる状況を適切に整理できるよう、常に想定外の可能性も頭に入れていた。だが、知らない事までは頭が回らない。


「なぜ……どうやって! 倉庫の中にいる兵士たちを欺いた!?」


 怒りと動揺が溢れんばかりに宿る視線が、倉庫の中から現れた二人の騎士に向けられる。ニコール・ポートチェスターとアダムスカ・シェフィールド。皇宮では皇帝より信頼を賜る最強格の騎士たちが、万全の状態でそこにいる。


「どうなんでしょうねえ、アレ……。欺いたというよりは力業だった気が」


「しーっ、アダム……! それは言わない約束だよ、恥ずかしいから!」


 本当はアライナがアイデンを相手に時間稼ぎをしている間に、エボニーのオーラを借り受けたニコールがこっそり忍び込むはずだったが、扉が軋む音であっさりと気付かれてしまった。それが原因でエボニーのオーラが霧散すると同時に、有無を言わさず暴力で解決する方が早いと勢いに任せて剣を抜いたのだ。


「そうか。流石はオーラ使いと言ったところだな。私の部下にも警戒させていたはずなんだが、ここまでやるとは。〝双翼の騎士〟とは良く言ったものだ」


「……? 私たちにそんな二つ名ついてたのか……?」


 初耳だと驚くニコールの問いになど答えもせず、アイデンは剣を抜く。


「いいだろう。お前たちの相手は私がしてやる。先達として、お前たちに敬意を払い、その強さを見極めさせてもらう。……久しぶりだ、まともに握るのは」


 思わず笑みが浮かぶ。騎士になると決めた瞬間から今まで、自分のやるべき事のためだけに剣を握ってきた。誰かと対面して戦う事は少なかった。


 騎士とは何なのか。ふと思うときがある。鍛え続けてきて、その実力を活かすでもなく、親衛隊という名ばかりの組織でペンばかり握ってきた日々。堕落した騎士たちの世界で剣を振るう機会など殆どなく────。


「いつしか剣で語る事もなくなった。だが、近い未来に必ず世界は大きく動く。我々の理想の祖国を手に入れるためには悪と断じられようと私の信念は折れん。このアイデン・イプスウィッチ、オーラ使いでこそないが、嘗めて掛からぬ事だ」


 とん、と軽く地を蹴って踏み込んだアイデンは風のように素早い。咄嗟にオーラを使って身体能力を底上げしたニコールとアダムスカでも、躱す事は叶わず剣を抜いて防御させられた。


 驚くべきは、その膂力だ。二人掛かりで剣をぶつけて防がれたにも関わらず、アイデンはじりじりと押し込んでいく。


「なんですか、この強さ……!?」


「オーラを持たない親衛隊長は伊達じゃないな……!」


 倉庫の中へ後退して、ニコールとアダムスカはそれぞれ逆方向に跳んで態勢を立て直し、アイデンを挟む形で斬りかかる。相手はたった一人。なのに、二人の剣はいくら攻めても素早く弾かれた。


「年老いたかな。私もお前たちくらいのときは、もう少し強かったが」


「ご自慢をありがとうございます、絶妙にむかつきますね!」


 アダムスカが振り下ろした剣を半身に躱してブーツで踏みつける。


「オーラに頼った戦い方が鍛錬を無駄にしているぞ、シェフィールド卿。もっと戦い方はスマートにやれ。動きが大振りでは当たるものも当たらない」


 ニコールが低い位置から剣を振ろうとすると、アイデンは忠告はしたぞとアダムスカを軽く指差して跳び、小さくステップを踏んで剣を握り直す。


「ポートチェスター卿。お前は動きが細やかだが気配が強すぎる。だだ漏れの殺気では奇襲の効果が薄い。焦る気持ちは分かるが、冷静さは保つべきだ」


 汗ひとつ掻かず、アイデンはいつもと変わらない無表情を浮かべていた。その冷静さは戦い方にも反映されていて、必死に迫るニコールたちの剣は、僅か届かない。身のこなしひとつとっても、アイデンが一流の騎士であると実感する。


「ったくもう……! こんなに強かったんですか、この人!?」


「冗談がキツいね、これは。こっちの方が息切れ寸前だ」


 オーラの使用による激しい体力の消耗に加えて、ニコールは毒が抜けていない体で戦っているために顔色も悪く、汗も酷い。もはや時間との勝負になりそうだ、とアダムスカも心配で落ち着かない。


「やれやれ。騎士として申し分ない志を持ちながら経験が浅い。ポートチェスター卿は親衛隊で日々の鍛錬を怠らない数少ない騎士だったと記憶していたが。腕のいい相棒が出来て気でも緩んだか?」


「はは、否定できない。親衛隊で鍛えてるのは私だけだと思ってたのに」


 悔しそうに笑うニコールに、アイデンはちっちっ、と指を振った。


「私は鍛える必要がなかったからそうしなかった。外で魔物と戯れているアライナやエボニーもそうだ。多少なりとも現場仕事を積んだ我々と、平穏に生きてきたお前たちとでは年季が違う。……あと数年もあれば、お前たちの方が先を行っていたかもしれないが、今回ばかりは私の勝ちだな」


 弱っているニコールから仕留めよう、とアイデンが歩き出す。アダムスカも、その考えくらいは理解できる。庇うように前に立ったが勝てる気がしない。


「ニコール、もしアタシが死んでも許してくれます?」


「嫌だよ。そのときは私も一緒だからな」


「……勘弁してほしいですねえ。二人だとキツいですよ、この人」


 やれやれどうしたものか、と気丈に笑みを浮かべつつも焦燥感が胸を満たしていく。どうやればアイデンに勝てるのか。アライナは魔物と戦っているし、エボニーは第六親衛隊のところだ。助けに来るまでは時間が掛かってしまう。


 このまま負けるのだろうか、と不安を抱いた瞬間、アイデンが駆けた。これが最後という合図にぎゅっと剣を握りしめて迎え撃とうとして────。


「ふうむ、二人で厳しいのであれば私が混ざればマシにはなりそうだ」


 アイデンの剣を真正面から受け止めて競り合う男がいる。ふくよかで、一見すれば頼りなさそうだった男が、まともに戦っていた。


「マウリシオ隊長!」

「マウリシオさん!」


 ニコールとアダムスカが揃って名前を呼ぶと、いくらか気まずそうにちらっと振り返ったマウリシオが、アイデンに視線を戻して溜息を吐く。


「嫌な仕事だ、動ける豚だの揶揄してくる奴とやり合う事になるとは……。だが妻を助けてもらった手前、適当な事はできまい」


 怪力とも言えるマウリシオに弾かれて、アイデンは距離を取る。じんじんと痺れる手をひらひらと振って睨みながらも、ニヤッと笑った。


「若い頃に比べれば互いに腕が落ちたものだな、マウリシオ。だがそれなりに腕は健在らしい。……私が監視させておいた暗殺者たちはどうした?」


 マウリシオは、うんざりだとばかりにふんと鼻息を荒く鳴らす。


「片付けた。私の後輩たちにだけ働かせるわけにはいかんのでな!」

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