EP.23『反撃の夜』
第六親衛隊はアイデンにとって天敵も等しい。聞いた瞬間、眉間に皺を寄せて、心の底から不快感に思っているのが表情に浮かぶ。
「お前たちが呼んだのか?」
「いいえ。アタシたちが来るときから、そういう手筈だったの」
「なるほど。まあ、納得は行く話だ」
一瞬は剣を抜くべきかと思ったアイデンも、冷静に努めて考え直す。第六親衛隊の介入は決して不自然ではなく、自分でもニコールたちに手を貸すなら適任だ。個々の実力よりも集団による戦闘能力の高い第六親衛隊の戦い方は、操り人形のように動くアイデンの部下たちにとって心理的な勝負を仕掛け辛い。
ニコールには通じた肉の盾も、第六親衛隊は躊躇なく斬り捨ててしまう。動揺のひとつすらしない。第五親衛隊と真逆がゆえにアイデンの苦手な相手だった。
「それで、エボニーがいない理由はなんだ。応援でも呼んでくるのか」
「逆よ、逆。第六親衛隊がこっちに来たら困るから止めてるのよ」
アライナが露骨に肩を竦めて、やれやれ、と小さく首を横に振った。
「あいつらが介入したら人質を殺すでしょ? だから第六親衛隊には待ってもらいましょう、って話し合ったのよ。この町じゃアタシの方が権限があるの」
最初から港町に行く事は、アイデンたちより僅かに出発を遅らせて、皇帝に進言した話だ。第六親衛隊の到着を待つ間、アライナ及びエボニーの両名が作戦の執行権を握り、ニコールとアダムスカを護衛する。残念ながら失敗に終わったが。
想定よりもアイデンの行動が早かったのはまだいい。問題は暗殺ギルドに手を借りてまで、エボニーのオーラによる悪意の探知を逆手に取った攪乱行為により、裏路地に入って行ったニコールたちを見失った事。おかげでアダムスカを奪われた挙句にニコールが重傷を負った。
「(この手の話にアイデンは弱いはず……。アタシの想定通りならだけど)」
不安に思うと心臓の鼓動は少し早くなる。おまけに冷や汗まで滲む。
やっている事は賭けだ。アイデンが乗らなければ失敗する。とはいえ食いつきやすい餌を用意してやったのだから上手くいくはずだと信じた。
「……私の部下を確認に向かわせる。それまでは大人しくしていろ、余計な事をしたら即座に夫人とアダムスカの首を刎ねてやる」
アライナの背後に、二匹の真っ黒な狼が現れる。唸り声をあげ、全身が霧のようにジリジリと動く。アライナがぎろっと睨んで笑った。
「ハッ、隠す気もないのね。港町に魔物を引き入れるだなんて」
「今後のための試運転には都合が良かった。丸腰のお前でも、そのすばしっこいバケモノを二匹も相手にはできまい。無理はしない方がいいぞ」
アイデンが近くにいた部下を手招きして、第六親衛隊の様子を確かめてくるように指示を出す。アライナが目的としていた時間稼ぎには十分だ。
「公女殿下の側近も、親衛隊に入って性格が変わったか。敵と見るや斬りかかっていた、あのアライナが人質を気にするとは」
「あんたと違って守るもんがあるのよ」
堂々と返されて、アイデンはククッと小馬鹿にして、手で顔を覆う。
「馬鹿な女だとは思っていたが、例の噂は本当だったか。下らん女同士の恋愛など見るに堪えんよ。馬鹿馬鹿しい」
「御貴族様は気楽でいいわねえ、結婚相手も地位さえ見合えば適当だもの」
アイデンの挑発に対して、アライナが挑発で返す。鼻で笑って見下す。たったひと言では終わらない。押し黙って苦い顔をするのを見て、さらに続けた。
「あんたは操り人形みたいな女の子が好きだものね。言葉も理性も必要ない。感情を持てば余計な行動を取るから要らないって洗脳するんでしょ? あたかも、あんたの奴隷に成り下がる事を幸せみたいに囁くの、気持ち悪くて吐き気がするわ」
強烈に刺さる言動に、アイデンの口端が苛立ちにヒクッと動く。このまま人質を始末してやろうか、と真剣に考えるほどだった。
だが、そうはできなかった。アライナが死ねばエボニーが逃げてしまう。具体的な目撃証言と同時に、魔物を操る魔道具を使った以上は言い逃れも出来ない。エボニーが戻りさえして二人が揃えば逃がさない自信はあったからだ。
「まあいい、好きに言え。それよりニコールは元気かね?」
「相変わらず死にかけてるわよ。傷だけならともかく剣に毒まで仕込んでるなんて、やり口が本当に汚くて騎士道精神の欠片も感じられないわ」
これは半分嘘で、半分本当だ。真実と嘘を織り交ぜた言葉を見抜くのは難しい。アイデンはニコールが想定より早く復帰している可能性も頭に過ったが、だとしたらどうしてアライナと違って気配すら感じないのか?
「……いや、信じられん。どこに猟犬を隠した、私の首を獲れると?」
「あんたの首にどんな価値があんのよ。馬鹿言わないで。……あぁ、でも」
倉庫の中から悲鳴が聞こえる。男の悲鳴。気付いたアイデンが苦虫を噛み潰した顔で、倉庫を振り返ったとき、闇の中から響く軽い靴音に理解する。
アライナが嬉しさに目を細めて口角をあげた。
「────二人にとっては、十分すぎるかもしれないわね」