EP.21『救うための作戦』
ぐったりしたニコールを再びアライナは寝室まで運ぶ。程々に鍛えられた体を抱くアライナが、申し訳なさそうにフッと笑った。
「悪かったわね。アタシが間違ってたわ」
長く親衛隊にいて安全策を取ろうとした自分に嫌気が差した。
現役時代は、もっと派手に戦った。剣を振るう事を自ら善しとして無鉄砲な事もたくさんやった。何度、公女に叱られたか分からない。アライナは過去を振り返り、自分の乱暴ぶりにくすっと笑う。
「アタシね。大切なものができたの。公女殿下が騎士団に配属してくださったのは、そういう背景もあるのよ。でも、そのせいで時間が過ぎれば過ぎるほど、アタシは保身的になっていった気がするわ」
話を聞いて、ニコールが薄っすらと目を開く。弱々しい声で語りかけた。
「私も、大切なんです。アダムが危険な目に遭ってる」
「ええ。そうね、死ぬかもしれない状況よ」
「だから……すぐにでも行きたいんです。体も、少しマシに」
「それでも駄目。明日の時間まで待ちなさい」
冷静に、優しく諭すように言われてニコールも落ち着いて話す。
「なぜですか。ここまで言っても、やはりアライナ隊長は……」
「もう、結論付けるのが早いっての。第六親衛隊には頼らないわよ」
第六親衛隊がいれば鎮圧も楽だが、アイデンはよく舌の回る男だとアライナは知っている。カロールとアダムスカを始末したうえで、残り全員を敵に回したとしても言葉巧みに罪を躱す。ただ証拠隠滅を図っただけの宮廷魔導師とは違う。
だからこそ、ニコールとアダムスカの強さがあっても倒せなかった。良い証明だ。武力ではなく知力。現状を打開するにはアイデンの想定を上回る作戦がなければ、全員が生き残る可能性は限りなく低い。
第六親衛隊の到着が知られれば処刑の時間は早まるだけに過ぎない。ならば、逆に第六親衛隊に頼らず、彼らを利用する方法を考えればいいとアライナは言う。
「いいかしら、ニコール。第六親衛隊が到着したらエボニーが足止めするわ。アタシは、その事実をアイデンに正直に話す。奴の気を惹きながら、でも焚きつけはしない手段にはなるでしょう。一時的なものだけど……」
「悪くはないと思います。ですが相手の目的は、お二人の命では?」
求められているのはアライナとエボニーが武装解除した状態で指定した倉庫まで足を運ぶ事。そこへ要求したエボニーがいないとなれば、明らかにアイデンが怪しんで話を聞こうとしない可能性もある。
だが、指摘を受けてもアライナは堂々と笑って返す。
「無理よ、あいつにそんな度胸ないわ。アタシよりエボニーが怖いもの」
「エボニー副隊長の方が怖いんですか」
「ええ。今回みたいな状況においては特に厄介なオーラ使いなのよ」
エボニーは他人の気配を察知する事に特化している。────だけでなく、自身のオーラを使えば仲間の治癒力を高めたり、気配を消す事さえできた。『そこにいる』という直感を与えさえしなければ、たとえ背後をぴったり歩こうと違和感のひとつ与えない。偵察、あるいは暗殺に特化したオーラ使いでもあった。
「アイデンがアタシたちに違和感を抱いても、真実からは目を逸らせないわ。第六親衛隊が本当に来ていたら、あの二枚舌野郎も面倒な駆け引きを要求される。エボニーがそれを止めていれば、アタシの言葉に説得力を感じるはずよ」
第六親衛隊を足止めする事が、結果的にアイデンの動きを封じる。つまり、カロールとアダムスカのどちらも簡単に処刑はできなくなるのだ。アライナは、その隙を狙って救出を試みるつもりだった。
「港の倉庫には荷物を搬入するための大きな二枚扉の正面入り口と、人の出入りに使う裏口のふたつ、進入路があるわ。問題が起きた時のためにアイデンは絶対に裏口の鍵を開けているはず。……あなたが何をするか、分かるわね」
ニコールは何度も頷く。身動きの取れない相手の言葉を聞く意味などアライナには本来あるはずもない。力で制圧する事だって出来た。だが、そうせずに話を聞いた。自分が間違っていたとまで言って、だ。
涙が溢れてくる。こんなにも、いざというときに動けない、情けない自分が。助けるどころか助けられてばかりで、自分の小ささに悔しさと嬉しさが溢れた。
「あっはっは、子供みたいに泣いてるわねぇ」
「だって……私はこんなにも無力ですから……」
「いいのよ。人間なんていざってときは誰でも無力よ」
椅子にもたれかかって、天井を仰ぎ見ながら下らなそうに笑う。
「なんでも上手くいくと思ってるときに限って転びやすいの。人生なんてそんなものよ。何度も転んで、でも立ち上がれさえできればいいの。くよくよ悩む暇があるんだったら、さっさと寝なさい。明日は忙しいんだから」
そうだ。助けるためには誰も欠けてはならない。明日の夜、アライナの作戦は実行される。そんなときに自分が回復していなければ、勝てる戦いにも勝てなくなってしまう。今は眠るときだ。少し気持ちが楽になると、なんとか持ちこたえていた意識はすうっと大人しく消えた。今は優しい寝息だけが聞こえる。
「よかったんすか。連中と第六親衛隊との衝突は願ってもないでしょう」
「ずっと気配消して盗み聞きしてたんでしょ。言えば良かったのに」
最初から部屋にいたエボニーは、ふふんと鼻を鳴らす。
「私はアライナの指示に従うだけっす。ニコールちゃんの言ってる事もわかるっすからね。まるで自分たちの昔を見てるみたいじゃないっすか?」
眠って起きないニコールの頬を突きながら楽しそうにするエボニーに、アライナはやめなさいと窘めてから、ふうっと息を吐く。
「……そうね。だからこの子には、このまま終わってほしくないわ。そのためには、やっぱりアダムスカを助けない事には始まらない。でしょ、エボニー」
「えへへ、その通りっす。頑張りましょ、私たちも」




