表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/42

EP.7『同期のエリック』

 騎士団がより良い方向へ進めるのなら、アービンも言う事はない。ただひとつ不安があるとすれば、ゴアウルフは非常に強力な魔物だ。まして強くないとは言えども騎士団ひとつを丸ごと壊滅させるほどの個体は前例がない。


 願わくば二人が諦めて無事に帰って来てくれるように祈った。


「これからどうしましょうね。さっそく出発致しますか?」


 部屋を出て訓練場に戻ろうと歩いていたとき、アダムスカが尋ねる。ニコールは、少し考えていた。たった二人で行けば、たとえゴアウルフを倒したとしても『自分たちがやった』と証拠を出すのは難しい。本来はソードマスターが三人は揃って倒すような魔物だ。たったひとりで討伐できるのは親衛隊でも限られた者のみ。ニコールは単独討伐の経験はあるが、今回の個体は並のものではないと断言できた。


「せっかくなら仲間を連れて行きましょう。こういうのに飛びつきそうな方が親衛隊にいるんです。普段は働き者ではありませんが、腕は立ちます」


 皇室親衛隊として、皇宮と敷地内の警備を任される半数の隊員の中で、使い勝手が良く、より腕の立つ者。心当たりとしてはひとりしかいなかった。ただ馬が合わないところもあるので、誘っても良い反応が貰えるかが心配だった。


「────というわけだ、サンダーランド卿」


「んだよ、それで俺のところにわざわざ来たってのか?」


 食堂でゆっくりコーヒーとドーナツを嗜んでいたときに、いつもより真剣な面持ちでやってきたニコールに何を言われるのかと緊張したやぼったい顔の男は、ホッと胸をなでおろして、それからコーヒーをひと口飲む。


「君は同期だし、隊長ら数名を除けば君が一番腕が立つのは間違いないだろう」


「嘘吐け、お前俺の事いつも見下してんだろうが」


 事情を聞いても馬鹿らしいと一蹴されて、ニコールは首を傾げた。


「え? 私は君を見下した事なんて一度もないが。勤務態度さえ良ければ、むしろ尊敬に値するほどだろう。皆がサボる中で君だけは大した仕事はせずとも鍛錬は欠かさないじゃないか。これでも腕は買ってるつもりだ」


 まさか褒め言葉が飛んでくるとは思ってもいなかったので、エリックがコーヒーを噴き出しそうになる。想像としては『君のような厄介者なんて腕っぷし意外に使い道もあるまい』とでも言われるのかと構えていた。なにせ顔を合わせる度に喧嘩を売るのもあって、嫌われていて当然だと思っていたから。


「……ちぇっ。素直に褒めるなよ、やりにくい」


 言い返す事も出来やしないといつもの調子を崩されて、休息の時間は終わった。エリックは立ちあがると周囲で耳を傾ける者がいないかを確かめる。


「場所を移そうぜ。なにせ第三騎士団の話はよく耳につく。噂好きの連中が尾ひれをつけて広めちまったら困るだろ」


「それもそうだな。アダム、君もそれでいいかい?」


 エリックの様子を気にしながら、アダムスカは黙って頷く。大柄ではないものの背は高く、体つきは細いといっても筋肉質だ。やや威圧感を覚えたが、初対面のエリックが気を利かせて視線を逸らしたので安堵した。


「なぁ、第二副隊長殿」


「ニコールでいいよ。呼びにくいだろう」


 名前で呼ぶのは慣れていない。同期とはいえ立場が違う。だから極力、役職で呼ぶのが一番落ち着いたが、ニコールが微笑むのを見て拒否しきれない。


「次からはそうする。ところで、そっちの嬢ちゃんはなんで俺を見て怖がってんだ。まさか取って食っちまうと思ってるわけじゃねえよな」


「失礼、アダムは警戒心が強くて。あなたを嫌っているわけではない」


 見れば分かる。エリックは腕組みをしながらふんと鼻を鳴らす。


「アタシは人見知りなんです。結構、皆から嫌われてるものですから」


「フォードベリーってのはそんなに治安悪いのか。たかが七年前の事件、大体証拠もなしに生き残ったからって、アダムスカを責めるのは話が違わねえか?」


 遺族の抱える痛みを考慮しても生き残った人間を叩くのは違う。エリックは騎士団の現状を聞くと流石に無視できず、ニコールといがみ合うのをやめた。


「わかった、手を貸してやる。ニコールもいるとなりゃあ、ゴアウルフなんざ楽な獲物だ。俺もこう見えて鍛錬だけは毎日やってるからな」


「私は君が鍛錬をしていたのを知っているよ?」


 無垢な目で言われると、エリックも流石に悪態を吐いていた事が気まずくなる。そもそも喧嘩を売るのは自分で、ニコールから何かを言われた事はない。ただの嫉妬。同期にも関わらず実力の差がはっきりして、悔しかっただけだ。


「なんで知ってんだよ……」


「ハハハ。これで親衛隊の皆の事は見て回ってるのさ」


 エリックは努力家だ。仕事こそ適当にこなしているが、それは鍛錬の後で疲れているからだ。ニコールとしてはもっと自己鍛錬だけでなく親衛隊としての誇りにも意識を割いてもらいたい気持ちはある。


 だが、それはそれとして彼は優秀だとしっかり認めていた。


「これでゴアウルフの討伐メンバーは揃ったな」


「待てよ、ニコール。俺らだけじゃ討伐できてもそれだけ(・・・・)だぞ」


「む……。では他に誘うべき者がいると言うのか?」


「そりゃもちろんだ。お前、普段はべらぼうに頭が回るってのに、こういうときだけちょっと頭が回らねえよな」


 くくっ、と笑ってエリックは自信を示すように胸を張ってぱしっと叩く。


「ま、俺に任せな。最高の仲間を連れて行こうじゃねえか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ