EP.16『贈り物には真心を』
十分としないうちにドレスはずらっと並べられた。ニコールたちが気に入るデザインを探すのを先にして、サイズは後から調整する。着慣れない二人は試着を他の従業員たちに手伝ってもらいながら、カロールも含めて納得できるデザインを選ぶ。
およそ二時間に亘ってドレスを吟味し、ようやく決まった。
「まあ! お二人共、とてもよくお似合いですわ!」
エリッサの褒め言葉にむず痒くなる。
「綺麗ですね、ニコール」
漆黒のドレスに紅い装飾。白銀の髪を持つニコールとは真逆の色。
「アダムも良いドレスだ、君によく似合ってる」
白銀のドレスに碧い装飾。漆黒の髪を持つアダムスカもまた、ドレスとは対照的な色合いのものを選んだ。デザインも似通っていて、二人揃えばより美しく感じる。いつかは着ていく事もあるだろうドレス。
「気に入ったかしら、二人共。それにする?」
「はい、私もアダムも気に入りました。ぜひお願いします」
「じゃあエリッサ、サイズ調整を任せるわ。仕上がったら送って頂戴」
エリッサが深々とお辞儀をする。
「畏まりました。丁寧に真心込めて仕上げさせていただきます。今しばらくお待ちくださいますよう、よろしくお願い申し上げます」
店を出た後はホッとひと息吐く。ドレスを選ぶのがこんなに疲れるのなら自分たちは貴族でなくて良かったとさえ思うほど表情に疲れが浮かんだ。
「ふふ、大変だったわね。でも気に入ったものが早めに見つかって良かったわ。前に来たご令嬢は一度しか着ないドレスのために七時間は居座っていたから」
「な……そんなにですか。私たちには想像もつきませんよ」
そう言いながらもニコールは、もし自分が山とある質の良い剣を前に選ぶとなったら、同じくらいの時間を掛けてしまいそうだとも感じた。
「中だと怖くて聞けなかったんですけど、アタシたちのドレスってどれくらいの価格をしていたんですか?」
「大体一着が金貨三十枚くらいかしら。サイズ調整も難しいものでしょうし」
「三十……えっ、金貨が?」
ニコールもアダムスカも唖然とした。親衛隊の所属にしろ騎士団の所属にしろ、一介の騎士には年収の数倍に匹敵する。マウリシオはいくつかの事業にも手を出して順調にやっているので、親衛隊の収入以外にも稼ぎは多くあった。ドレスの二着くらいは買えて当然。大した額でさえない。
「あ、あの、カロールさん。今からでもキャンセルできませんか。もしドレスが傷ついたり汚れてしまったら……」
「駄目よ。二人共、そんなに気負わなくていいの。贈り物なんだから」
カロールは戸惑う二人を面白がりながら言った。
「贈り物はあなたたちにあげるもの。どう扱うかは二人次第であって、それを返せと言ったり、傷ついたり汚れたからと文句を言うのは違うでしょう。一度でも着てくれたら、もうそれで十分なのよ。少なくとも私はだけれど」
高級なものだからと言って気後れされるよりは、傷つこうが汚れようが大切に着てくれていればそれで良かった。贈ろうと思えるのも、ニコールとアダムスカが、マウリシオという大切な人を通じて良き人々である事を知ったからだ。着てくれるだけでいいと感じられる十分な理由だと言えた。
「どんな物でも贈った以上は、使ってもらってこそ輝けるものよ。高いものだから使わないとか、安いものだから捨ててしまうとか、どちらも違うようで同じくらい無礼な事よ。大切にしまっておくのは思い出だけで十分なの」
「……ありがとうございます。夫人にそう言われると私たちも気持ちが軽くなります。ドレスが届いたら、いつか必ず、招待されたパーティで着ますね」
言われてその通りだと思ったニコールが礼を言って、アダムスカも続く。ニコールと二人揃って着られる事はとても嬉しい、と。
「ところで夫人。私たちも時間には余裕がありますが、他に寄るところは御座いませんか。せっかくですから最後までお付き合いさせて下さい」
「ふふ、ありがとう。じゃあマウリシオにケーキでも買っていくわ」
事務的な仕事が多く頭をよく使うからか、マウリシオは甘いものを好んだ。チョコレートにケーキ、マフィンにクッキーと、カロールは料理長に頼んで、その日によって違う飽きない工夫をしてもらっている。だが今日だけは違った。
「昨夜、メイドに美味しいケーキ屋さんがあると教えてもらったのよ。入り組んだ場所に小さく構えているお店らしくて、穴場なんですって」
「へえ、行ってみたいですね。メイドもよく外には出掛けるんですか?」
「定期的に休暇を与えているわ。そのときに知ったそうよ」
港町といえば美味しい魚料理にお酒というイメージが強かったので、洋菓子店が小さく構えていると聞けば、なんとなく理由も分かる。それゆえにメイドたちには立ち寄りやすいのだろう、と興味が湧く。
「アタシたちの分もありますかねえ」
「そうだね。皆の分と、私たちの分も買って帰ろう」
うん、と頷いてニコールはカロールに提案する。
「ケーキ代は私たちに払わせて頂けませんか」
「ええ……でも、そんなの悪いわ」
「いいえ、お気になさらないでください」
首を横に振り、にこやかな表情を浮かべた。
「せっかくドレスを贈って頂いたんです。私たちに出来る事はささやかではありますが、これくらいの礼はさせてもらわないと格好がつきませんから」