EP.14『良い報せと悪い報せ』
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朝の陽射しで二人揃って目を覚ます。時計は午前八時。心地の良い朝だが、すっかり話し込んでしまって、眠ったのは明け方だったので気合は入らない。先にアダムスカが眠そうな目をこすりながらベッドを出た。
「んん……。良い天気ですね」
「ふあ。おはよう、アダム……。まだ眠たいよ」
「ええ、アタシもです。今日はどこに行きます?」
「そうだねえ。少し散策して地形の把握に努めようか。その後で昼食を」
「大いにありですね。まだまだ見て回ってませんし」
ちょうど、扉がノックされてメイドが顔を出す。
「おはようございます、ニコール様。アダムスカ様。朝食のご用意が……」
「ああ、今行くよ。ありがとう」
レスター家の起床は忙しくともそうでなくとも午前六時である。マウリシオの習慣がそうであるために、従者たちはもっと早い。誰かが起こしに来てもおかしくないのに、とニコールが時計を見た。
「旦那様が、お疲れのようですので遅めにお訪ねするようにと」
「あ、ごめん。気を遣わせてしまったようだね。すぐ支度するよ」
服を着替えたら、食堂へ急ぎ足で向かう。マウリシオたちは既に食事を終えているかもしれないと顔を覗かせると、皆が座って待っていた。料理は温かく、わざと時間を遅らせてあった。
「よく眠れたか。座りなさい、朝食の時間だ」
「あ……ありがとうございます。私たちのために」
マウリシオがそっぽを向く。あたかも興味なさげにする姿に傍の席に座っていたアライナが、とても面白かったのか、ククッと笑った。
「相変わらずねえ。もっと素直になってあげたらいいのに」
「やかましい。貴様とは教育方針が違う」
あのマウリシオと言い合う人がいるんだ、とニコールはやはり二人が同じ隊長であるのを実感する。そして、彼らが自分を未だに親衛隊の仲間と見てくれている事が嬉しくなった。
「座りましょ、ニコール。待たせては申し訳ないですよ」
「ああ、うん。そうだね」
席に着き、マウリシオが手を付けると同時に、皆も食事を始めた。
「……さて。せっかくの朝食時だが、ニコールとアダムスカ。お前たちに良い報せと悪い報せがある。どちらから聞きたい?」
いきなりだったので、二人は顔を見合わせてからマウリシオに言った。
「悪い報せからお聞かせ願えますか」
港町についてから既に悪い出来事は起きている。いまさら何を聞いても驚かないつもりで尋ねた。マウリシオは、その覚悟の籠った瞳に頷いてから────。
「アライナが計画を台無しにした。連中の雇った暗殺者三名を殺害した」
「……はい? 殺害したって、襲われたんですか」
「うむ。色々と悪い噛み合い方をしたようだ。そうだな、アライナ」
「あ~、うん。あっはっは、ごめんねえ?」
タデウスの企みなど見え透いている。アイデンとも犬猿の仲であるアライナは悟られないようにエボニーを連れて、さっさと港町目指して出発。休暇という名目であったため武器の携帯もせずに来た挙句に私服だ。パッと見はなんの役に立つのか、と言われてもおかしくない。特に鍛え抜かれた体というほどでもなく、アイデンはまさか当人たちが来ているとも考えていない。
暗殺者たちが手早く拉致してニコールたちの始末を確実に済ませるため、切り札にしようと襲ったのが運の尽き。逆に武器を奪われて命を落としてしまった。当然、その情報はアイデンにも伝わっただろう、とマウリシオは眉間を揉む。
「こいつらにはいつも予定を狂わされてばかりだ……」
「そう言わないでよ、マウリシオ。結果的にニコールたちの周囲に権力のある人間が固まるのは良い事よ。魔法使いさえ有罪にしてしまえば、もう他の誰も簡単には手を出せないでしょうし、皇帝陛下や公女殿下も味方につけたもの」
ニコールもアダムスカも、うんうん、と頷く。だがマウリシオはまったく違う意見だ。冷静に、苛立ちを籠めた言葉を並べていく。
「馬鹿も休み休み言え。魔法使いなどタデウスが横流しする資金での研究しか能がない。審問も事前に入念な準備を重ね、そのうえでニコールたちの方が優秀である事を示したのだぞ。権力者を囲ったくらいで、あの古狸が諦めるものか。後ろ暗い噂など、彼の下で働いた事があるなら誰でも知ってる。多くの貴族とも繋がりの強い男なのだ。平民あがりの二人を消す方法などいくらでも考えつく」
まったくもってその通り、とまたニコールたちはうんうん頷く。
「どっちつかずっすねぇ、君たち」
「えっ! あっ、いや、どっちも言ってる事は理解できるなあって……!」
慌てるニコールを見て、エボニーがニヤニヤする。
「大丈夫っすよ。魔塔まで行って証拠を鑑定してもらって、結果が分かったら持ち帰る。私たちだって腕利きですし、第五親衛隊も公に騒ぎなんか起こしたくないはずっす。それまでの時間稼ぎくらいできるっすよ」
「実際、アタシたちで三人始末してるもの。あいつらも簡単には動けなくなったでしょうね。どう計画を変えて来るかが問題なんだけれど」
沈黙が流れる。流石に落ち着かない、とアダムスカが小さく手を挙げた。
「あの。じゃあ良い報せというのはなんなんですか、マウリシオさん」
「お、おお、そうだな。お前は気が利く……。うぉっほん!」
空気を変えようと大きな咳払いをして、マウリシオは頬が僅かに緩む。
「これまでの怠惰的な状況を憂慮する必要があると断じた公女殿下が、最高顧問として立て直しを担う事になった。お前たちのおかげで親衛隊は、これまでとは違う本来あるべき姿へ戻ろうとしている。そこで、昨日アライナが伝え損ねた話があるそうなのだ。……アライナ、続きはお前が話せ」
「ふふ、別にあんたが言ってもいいのにさ。じゃあお言葉に甘えて、」
食器を置き、水で口の渇きを潤してから────。
「魔塔までは私たちが安全に送り届けてあげる。帰りも心配しなくていいわ。既に皇帝陛下が第六親衛隊を帰還時の護衛につくよう手配してくれたの」
「第六親衛隊……。親衛隊で最も皇帝派の根強い人たちですね」
どの隊にも、皆表立って口にしないだけで派閥は存在している。タデウスのように国力増強を求める勢いある推進派もいれば、平和と安寧を求める親皇帝派など、あらゆる派閥の話は、親衛隊ではときどき噂程度に耳にした。
その中でも第六親衛隊は古くから皇帝派の人間ばかりが所属しており、特定の家門の人間ばかりである。ゆえに皇帝の護衛としても重用されてきた。
「ね、中々に良い報せだったでしょ?」
「ええ。とても頼りになるお話でした」