EP.13『小さな芽』
いつだって忘れた事はない。切っ掛けがなんだったのか。親衛隊に入った後も少女と出会う事はなかった。それでも、親衛隊に居れば会えるかもしれないという言葉を信じ続けた。憧れた親衛隊も想像していたより環境は劣悪で、改善して立派な親衛隊の顔になる事を目指して邁進してきた。
「きっとこれは運命だと思う。私は片時も忘れた事はないから。でも、中々気付けなかったよ。そりゃそうさ、私たちは子供でいられなかったんだ」
ずっと、ずっと待ち続けた。でもあえて言わなかった。忘れているかもしれないと言い出すのが怖くて。あまりに過ごしてきた時間が違い過ぎて、近くにいながら、手を差し伸べてやる事さえできなかった。約束を守れなかった事が、アダムスカを傷つけてしまうのではないかと。
「……すぐ教えてくれれば良かったのに」
ニコールの膝に置いた手に、きゅっと力がこもった。
「アタシ、頑張ったんだよ。お父さんが死んだときも、仲間が死んだときも。皆に後ろ指を指されたときも。ここまで生きてきたんだから、あともう少しだけ頑張ってみよう。お父さんの守ってきたものをアタシが守るんだって」
ニコールが、うん、と相槌を打ち、優しくアダムスカの頭を撫でた。
「あのとき、名前も知らなかった子の言葉を信じてここまで来たんだ。生きる意味をもう少し探してみようって。……ちょっと待って。つまり、ニコールが前にアタシに敬語やめないかって言ったの、まさかそういう事?」
アダムスカが驚いて顔をあげる。ニコールは照れたように視線を逸らして、隠すのが下手なぎこちない笑みを浮かべた。
「あは。もしかしたら気付くかなって思って。あのとき君が、私の事をジッと見つめていたから。だってほら、上司と部下の関係なら仕方ないけど、もう対等な仲間になったじゃないか。だったら昔みたいに距離を縮めたかったんだよ」
「それで……ああもう、そりゃアタシが悪かったですぅ。だって分からないよ。言われてみれば、確かに笑い方はそっくりだけど、アタシは一度しか顔を見てないんだもん。思い出せなかったのだって、仕方ないでしょ」
ふくれっ面をして、ニコールに抱き着いてお腹に顔を埋める。なんで今になって言うのかな、と本気で不満だった。あまりにも強い感情を抱きすぎていたから。
「(ああ、そんな話されたら絶対に手放せない。ニコールが誰かを愛したり、結婚するとか、絶対嫌だな。これがアタシの初恋……なんだろうなぁ)」
抱きつく腕が、ぎゅうっと強くなった。
「いたたた……! アダム、強い強い!」
「あっ、す、すみません、つい……」
「いやあ、でも、これでやっと昔みたいに仲良くできるね」
「ふふ。たった一度だけしか会ってないのにですか?」
「それはそうさ。だってあのとき、私たちは約束を交わしたんだから」
ニコールはベッドから立ち上がって、今がそのときだとアダムスカに向き直り、いまさら照れくさいけど、と思いながら手を差し出す。
「まだ大変な事はいっぱいあるけどさ……。今回の件が片付いても、その……私と一緒に旅を続けないか? あのときできなかった事、君とやりたいんだ」
あらゆる町で、あらゆるお祭りがあって、あらゆる習わしがある。ニコールは自分の経験してきた全てを、もう一度最初から、アダムスカと二人で経験したかった。守れなかった約束を、今度は成し遂げたい。大切な親友のこれまでを塗り替えるくらいに、楽しくて幸せな思い出でいっぱいにしたかった。
「よ、喜んで……。あの、でもアタシでいいんですか?」
「いいとも。だって、この旅の始まりも私から誘ったじゃないか」
二人で騎士をやめたら、旅に出よう。その言葉が頭を過って、アダムスカは気恥ずかしそうに手を取った。
「あ、アタシでよければ全然……。嬉しいです、ニコール」
「ふふ、やった! ありがとう、アダム!」
喜んで飛びつくように抱き締めてベッドに転がり、二人で天井を仰ぐ。
「魔塔に行って、私たちの疑いが晴らせたらさ。皇国以外にも行ってみよう。私も知らない文化もいっぱいある。君と二人なら、絶対に楽しいから」
「いいですね。アタシも色んなところに行きたいです。あなたと二人で」
二人ならきっと、星を数えるだけでも楽しいと分かる。静かに二人で手を繋いで、また忙しくなるなあと思いながら、それでも希望に満ち溢れていた。出会って、別れて、また出会えたのは奇跡だ。追い続けてきた未来だ。だから。
「(アダム。君はきっと分からないと思うけど、生まれて初めて、私は誰かが好きになった。いつか、それを伝える事が出来たらいいな)」
一緒に居て心地が良い。どんな話だって出来るし、自由に笑える。ほんのちょっぴり湧いた独占欲をニコールは自覚している。それを巧妙にも隠してアダムスカには悟らせない。アライナとエボニーを紹介したとき、彼女たちと出会っていれば、いつか気持ちを打ち明けても嫌われないかもと期待を抱いた。
────夢は夢で終わらせたくない。やっとまた、巡り合えたのだから。