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EP.12『いつかどこかの、思い出の日』

 遠い、遠い、思い出の日。貧民街への入り口と呼ばれる場所でニコールは暮らしてきた。貧しいなりに外へ出て家族の迷惑にならないように、食事はできるだけ取らないで遊び呆けるふりをして外へ逃げる生活だった。


 それでも両親は娘にだけは貧しい思いをさせまいと必死になった。段々と大きくなるにつれて、確執ができ始めた。働いても二束三文でニコールも一緒になって働いた事がある。そうすれば周囲からは『貧乏なくせに見栄っ張りだから、子供にまで働かせて普通の生活をしてる』とまで噂されるようになり、どんどん仲が悪くなった。とはいえ決して愛されていなかったわけではない。


 ニコールの両親は突き放す選択をした。大きくなればニコールも自分の人生を選んでいく。いつまでも貧民街に縛り付けるのはあまりにも残酷だと。


 そんなある日、馴染みのパン屋から配達の仕事を頼まれた。配達というよりは配給の手伝いだ。貧民街にいる人々に食糧を分ける。評判が良く儲けの出ていたパン屋の主人はそうして貧民街の人々に施しを与えた。自分たちだけではとても面倒が見切れないとしても、今日一日を生きられるだけの手を貸す事はできる、と。


 正しいかどうかは分からない。与えれば与えるほどつけあがる人間もいて、そのたびに流血沙汰だ。見るに堪えない光景で、いつも前に出て来ず、後ろで皆がパンを取るのを待ち続けている子供を見掛けた。


「君は要らないの。皆に取られちゃうよ」


 黒い髪の少女は体つきが細く、ほとんど骨と皮だけ。虚ろで攻撃的な目がどれだけ貧民街に長くいるのかを思わせた。


「要らない……。どうせ貰っても他の奴らに取られるもん」


 たくさんの人に裏切られてきたのだろう。暴力を振るわれ、邪険に扱われてきた。腕や足は擦り傷だらけで、清潔とは程遠いすえた臭いが悲惨さを物語っている。当時のニコールは、不思議と哀れに思わなかった。


「じゃあ、私が見ててあげる。食べないと元気になれないよ」


「うるさい。アタシはどうせ生きてても意味なんて……」


「意味は自分で見つけるものだよ。ここまで生きてきたんでしょ」


 ニコールの暮らしは目の前にいる少女よりずっとマシだった。だが、決して幸福とは程遠い毎日。いつも家の外で喧嘩する声を聞きながら過ごして、よく知りもしない他人から陰口を叩かれる。それでも生きてきた。まっすぐ育った。


 今は苦しくても、必ず耐えてきた意味を見つけてやると戦った。目の前の少女だってそうだ。死ぬよりも苦しいはずなのに生きてきた。だから堂々と言った。


「もう少し頑張ってみようよ。私が手伝ってあげるから!」


「……うん」


 心を開いたわけではない。だが、その真っすぐさに当てられて、少しだけ希望を感じた。「明日も来る?」と少女に尋ねられたニコールは何度も大きく頷いて、友達ができたと嬉しそうな顔をしていた。


「絶対だよ、約束! また会おうね!」


「うん。約束。アタシ、また同じ時間に待ってるよ」


 だが、次の日に少女は同じ場所に現れなかった。ニコールはしばらく待って、それでも現れないから貧民街の奥まで探しに行った。どこまで走っても見つからない。誰に聞いても知らないと言われた。柄の悪い男たちがたむろしているのにも物怖じせず話しかけると、う~んと思い出しながら。


「あのガキかあ。昨日は嬉しそうに走り回ってたぜ。今日は騎士団様の査察だか視察だかなんだかがあって、そういや、それくらいから見てねえなあ。いつもはメシを探してんのに。それよりお嬢ちゃん、パン屋を手伝ってる子だろ。配給は今日はねえのかい?……そっか、また教えてくれよ」


 普通なら襲われていたのかもしれないが、ニコールの事はよく知られていた。パンの配給に来る天使のように明るい少女として。だから皆が力を貸してくれたし、中には一緒に探してくれた人もいた。だが結局、夕方になっても少女は見つからない。そうして、もう諦めて帰ろうとしたときだった。


「あれま。まだ子供がいたのか? おい、回収は済んだんじゃないのか?」


「やめてくださいよ、カーライル。我々はきちんと徹底して探しましたよ。今朝の女の子と、あと何人かだけで、後は死体だったじゃないですか」


 ニコールがそのとき、もしかしたら少女の行方を知ってるかもと思い尋ねると、カーライルという紅い髪の男は知っていると答えた。


「あのっ。ここで女の子と待ち合わせしていたんです」


「大丈夫だよ。そのガキなら、これからもっといい所で暮らすとさ」


「どうすれば会えますか?」


「あ~……。どうだろうな、お前が騎士団か親衛隊にでも入れば会えるかもな」


「親衛隊って、おじさんみたいな?」


「おじさんじゃねえよ、まだお兄さんだ。老けて見えるか、俺が」


「うん。どうすれば親衛隊になれる?」


「そりゃもちろん、かっこいいお姉さんになる事さ」


 正しさにひたむきで、曲がった事が嫌いな大真面目。そんな人間が親衛隊を引っ張っていくような人材に育つと騎士の男は言った。


 それが、ニコールが騎士を目指す切っ掛けであり、親衛隊に入るために様々な知識と経験を経るための新しい人生の第一歩。平民という身分でありながら、誰よりも優れたオーラ使いの騎士となる、ひとりの少女の物語の幕開けである。

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