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EP.11『付きまとう不安』

 突風のような勢いだった、とアダムスカは嫉妬も忘れてどっと疲れた。口まで湯舟に沈んでブクブクさせるとニコールがそれを見てけらけら笑う。


「子供みたいに面白い事をするなあ。ね、どうしたんだい? アライナ隊長たちがきてからずっと不機嫌そうだけど……何か気に障る事でもあった?」


「違いますよ。なんかこう、複雑な気分なんです」


 ハロゲットを出てからずっとニコールは親衛隊の事ばかりを気にかけている。もちろん気持ちは分かる。自分が第三騎士団を愛したように、ニコールも親衛隊を愛したのだ。誰よりも。だからアダムスカは何も言えずに、ただ不満をひた隠しにしようとして、それが中々難しい。


「……アダム、そろそろ出よっか」


「あ……。はい。のぼせちゃいますもんね」


 怒らせてしまっただろうか。ついつい感情が抑えきれず、ニコールに面倒くさい女に思われたのかもと不安になった。会話はなく、服を着て部屋につくまでずっと無言で、心臓の鼓動が焦っているのが、痛いほど分かる。吐きそうな気分。そんなつもりはなかったのにと自責の念に駆られた。


「さっぱりしたね、アダム」


「……はい」


「じゃあ、ちょっとこっちへおいでよ」


 ベッドに腰掛けて、自分の隣をぽふぽふ叩くニコールに従って、おずおず腰掛けた。思わず身を縮こまらせて、次の言葉を恐れた。視線は合わない。かたや天井を仰ぎ、かたや床に視線を落とす。


「やっと落ち着いたかな。ハロゲットでも忙しかったから、せめて道中くらいはと思ってたけど、雨には降られるし、道には迷って一日野宿だったし……。ハプニングばっかりでなんとなく二人きりって時間を感じられなかったよ」


 アダムスカが目を丸くして驚く。声も出ない。顔をあげてニコールの横顔を見ると、とても楽しそうに、穏やかな笑みを浮かべていた。


「私だって、親友との時間を有意義に過ごしたいとは思ってるんだ。でも、中々どうして上手くいかないね。親衛隊は古巣だから、どうしても気になる。君にまでそんな顔をさせてしまうんだ、私も案外、馬鹿なのかも」


「そんなこと!……ないです……アタシが自分勝手で、すみません」


 また俯いてしまう。ニコールに心配させた。嫌われていなくてよかったとホッとした反面、こればかりは自分が悪かったと落ち込んだ。


「あーっ、また落ち込んでる。君は相変わらず何かあると自分のせいだ。誰かに裏切られるのがまだ怖いんだな」


「なにを言うんですか。実際にこれはアタシのせいで……」


 そっと温かい手が肩に触れて、やんわり抱き寄せられる。ニコールはこつんと頭をアダムスカに置いた。


「君を見て気付ていたよ。いつも私の顔色を窺ってるんだなって。最初は何を気にしてるんだろうってずっと考えてたけど……違うんだね。独りが怖いんだ。いったいこれまで、何度裏切られてきたんだい、アダム?」


 ただの一度の経験では、中々にそうはならない。ずっと何かを気にしている姿。おそらく本人も半ば無自覚にやっている事だとニコールは察していた。だからわざわざそれを(つつ)いたりはしない。もしかすると触れられてほしくない過去の影響かもしれないと。それが逆に不安にさせたのだと申し訳なく思う。


「アタシ、いつも考えちゃうんです。ニコールに見捨てられたくないって。本当は甘えたいのに、そんな事をしたら嫌われるんじゃないかって。そんな人じゃないって分かってるのに不安になるんです。貧民街では、皆が良い顔をして近寄って誰かを食い物にして生きてましたから……」


 いつもいつも、頭に響いてくる声がある。仲間の死からようやく立ち直れたアダムスカを今も苦しめるのは、その環境だった。


『お前みたいな薄汚い奴が、本気で大切にしてもらえるわけねえだろ? 甘い夢見てんじゃねえよ。世間様は誰も、お前みたいな奴を求めたりしねえんだ。お前より良い奴が見つかったら、貧民街の薄汚いガキなんざ捨てるに決まってる』


 誰もがそう言った。そう言われてアダムスカは育った。養父に拾われても、心からの信頼をしても、その不安だけは拭い切れなかった。目の前で死なせてしまったときも、自分がもっと強ければ救えた。そんな事もできないから、第三騎士団の皆が自分を見捨てたのだと思った。それでも守りたかった。フォードベリーという名を愛した大切な仲間たちのために。


 今はその責務もない。騎士団は自分がいなくても、もう皆が守っていける。それならば自分は何をしたらいいのか、と分からなかった。隣にいるニコールに必要とされなくなったらどうなるのか。毎晩考えさせられた。


 すごく幸せなはずなのに、どこまでも幸せなはずなのに。


「今の私には君しかいないんだよ、アダム」


「え……」


 ニコールは清流のように穏やかな声で言った。


「振り返ればたくさんの人たちに支えられて生きてきた。父さんも母さんも私を育ててくれたし、親衛隊ではギクシャクした関係も多かったけど、だからといって疎遠な関係になった事はない。エリックでさえ喧嘩しても食事は一緒に摂る事が多かったくらいなんだよ。まあ、半分は嫌がらせのつもりだったみたいだけどね。でも、私を誰より支えてくれたのは君だ」


 昔を思い出して、ふふっ、と笑う。


「……覚えてるかな。私の生まれ育った家が貧民街の近くだったって話」


「え、はい。でも、いきなりどうしたんです、それが?」


「うん。そろそろかなって。────私が親衛隊に入る前の話をしようか」

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