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EP.6『大きな仕事』

 騎士団長は訓練場にはあまり姿を現さない。現場での仕事が少ないフォードベリー第三騎士団の団長は、書類仕事の方が山積みだ。じっくり体を鍛えている暇もない。肉体労働が少ない分、デスクワークは忙しかった。


「話す事はない。さっさと訓練場に戻って指示があるまで待機してろ」


 執務室に足を運んで早々に、門前払いとばかりに団長の男は言った。わざわざ団内のつまらない諍いに首を突っ込んでいる時間はないと、その一点張りで僅かに取り合ってくれもせず、判を押す手が、どん、と机を鳴らす。


「ですがアービン団長。これはアダム……シェフィールド卿の名誉を回復するためでもあります。今のおかしなフォードベリーの現状を正すためにも」


「おかしな現状とはなんのことだ。うちではなんの問題も起きていない」


 騎士団の内輪もめなど知った事ではない。アダムスカ・シェフィールドという生贄の羊が一匹いればいい。なぜややこしくする必要があるのかとアービンはうんざりした顔でニコールを睨む。


「頼むから、これ以上、俺の仕事を増やさんでくれ。何度も言わせるな、わかったら黙って訓練場に戻れ。たかが七年前の事件でうだうだと……。許可は出さない。ゴアウルフがもし凶暴だったらどうする。危険な任務に送り出した間抜けと叱責される役目を俺に買えとでも言ってるのか、バカバカしい!」


 書類に判を押そうとする手をニコールがぐっと掴んで止めた。


「でしたら、騎士団内の揉め事ひとつ解決できない無能と判を押して差し上げましょう。現状の配属はこのフォードベリーではありますが、親衛隊としての肩書を失ったわけではありませんので」


「ぐっ……! それでも俺は上官だ、命令は聞いてもらう……!」


 ばしっ、と手を振り払った拍子に紙が散らばる。アービンの不愉快な顔が机の下に向かい、落ちた紙を拾い集めながら愚痴をこぼす。


「大体、あの厄介な連中がゴアウルフを仕留めたくらいで黙ってるわけがないだろう。他の解決策を考えろ。でなきゃ新しい言い訳がお前たちに叩きつけられるだけだ。あんなのを相手にするより無視してる方がよほどマシに見える」


 実害がなければわざわざ関わる理由もない、と事なかれ主義を貫こうとするアービンに、ニコールは冷水を頭から被ったように冷ややかな気分だった。


「害が出てからでは遅いのですよ、アービン団長。黙っていれば上手くいくのはご自分の家庭だけではございませんか。せっかく壁に飾った剣が勿体ない。誇り高いミュゼ・アルベッロの細剣が泣きますよ」


 拾った紙を机でとんとん叩いて整えていたアービンの手がぴたっと止まった。視線が壁に掛かった貴重な細剣に流れ、それからまたニコールに戻る。


「お前、あれが何か知ってるんだな」


 何を言っているのだろう、当然の事なのに。ニコールは淡々と答えた。


「ええ、とても美しいですよね。世界に三本しかない、名工であり大魔法使いのミュゼ・アルベッロの魔法が掛かった細剣です。彼の初めての作品でしたから、買い手が中々つかず、亡くなってから評価が高くなったと聞きます」


 刀剣に関してニコールは詳しい。特に名剣と呼ばれるものは。そも、騎士というのがいわばマニアックで、知らない者の方が少ないのだが、ミュゼ・アルベッロが造った刀剣は〝儀礼用のなまくら〟と言われて価値が薄いと言われている。


 そう、表向きは。実際の値打ちを知られるまいと求める者の一部がそれを隠匿するかのように嘘を流して、人の手に触れにくくしてしまったのだ。


「お前はこいつの価値が分かるのか?」


「ミュゼが世に出した剣で、魔法が掛かっているものはこれだけでしょう」


「……はは、そこまで詳しいとは」


「これでも他の騎士よりは詳しいつもりです」


「それはいい。今度、酒でも飲みながら話そう。しかし、それはそれとして」


 背もたれにぐっと体を預けて、アービンも少し考える。実際、今の騎士団の現状はいつまでも放置はできない。ただ、それを当事者であるアダムスカに任せるべきなのかという葛藤があった。出した結論は────。


「やはり、お前たちを現場に出すわけにゃいかん。ゴアウルフは温厚な種類ではあるが、凶暴化すれば普通の人間には手に負えん。ソードマスターでも骨が折れる。何かあってからでは遅いのはお前たちも変わらんだろう」


 せっかく都合の良い趣味で褒めたが失敗に終わったか、とニコールは笑みを浮かべながら内心では悔しくて唇を噛む思いだ。このまま徒労では終わらせたくないと、もうひと言くらいは粘ってみようとする。


「ですが、我々は────」


「まあ待て。俺の話は最後まで聞いた方がいい」


 手で制されてニコールは黙った。それでいい、とアービンが頷く。


「実は、そのゴアウルフに関しては俺も独自に調べてはいたが、最近になって活発化しているらしい。近隣の村に影響などないかの調査は我々の仕事だ、お前たちに任せたい。……それで、これは独り言なんだが」


 椅子から立ちあがり、そっと窓辺に立って景色を眺めながら。


「もし偶然にでも遭遇してしまったら逃げるのが基本だが、まあ、そう簡単にはいかないケースもある。その場合は交戦も止む無しと判断するのが規定だ」


「……! わかりました、さっそく調査に向かわせて頂きます!」


 深く頭を下げる二人にアービンは振り向いてフッと笑った。


「俺は正直、こんな面倒くさい事は願い下げなんだ。さっさと行って済ませてこい。美味い料理を出す酒場を知ってるんだ。良い報告を待っててやるよ」

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