EP.7『頼れるふたり』
邸宅を出た後、二人は馬車を使わずに金の詰まった小袋と護身用の剣を腰に、町へ繰り出す。夜の賑わいは昼間とは比べ物にならず、どこを歩いても酒を飲み、歌を歌い、そよ風に足取り軽く次の店を探す者たちで溢れた。
「帯剣してて良いんですかね。ちょっと危ない気も」
「だけど自衛しないわけにはいかないよ。見せているだけで抑止力にもなるし、問題が起きたら純金貨もあるから、特別な許可があると言えばいい。嘘を吐くのはあまり好きじゃないし、できれば穏便に済ませたいところだが」
どこで敵が潜んでいるか分からない以上、武器を手放すわけにはいかない。多少の無理には目を瞑ってもらい、いざというときはマウリシオに頼るつもりだ。港町が伯爵領であるかぎり、絶対的な権力を持っているのは頼りにできた。
「それにしてもお酒の匂いで満ちた町だね。昼間はそうでもなかったけど」
「夜の方が空いている店の数は多いみたいです。それも酒場ばかり」
「少し良いところもあるようだよ。ほら、あそこなんてテラス席がある」
少しだけ他よりも広い土地の中にあるレストランは、どこへいってもいっぱいだった港町の酒場の雰囲気からは少し離れている。中にいる客は身なりが良く、席も埋まり切っていない。値の張る店は落ち着きがあり、ニコールとアダムスカは目で会話をすると、此処にしようと決めて入った。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいでしょうか」
「ええ。テラス席を使いたいのですが空いていますか?」
「あ……それが、今は貸し切りになっておりまして……」
男がちらっと見たテラス席をニコールたちも目で追いかけて確かめる。座っているのは二人の女性で、どちらも美しい整った顔立ちで人目を惹く。
ニコールは、その女性たちにとても強い見覚えがあった。
「あら、可愛い子が店に入ってきたと思えばニコールじゃない」
「アライナ隊長にエボニー副隊長。お二人もこちらへいらしてたんですね」
優しく微笑むアライナがそっと手を挙げて注文する。
「ウェイター、二人にもワインを。アタシの連れよ、こっちに座らせるわ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ニコールたちにメニュー表を渡したらウェイターは引っ込んでいく。久々の対面だと喜ぶニコールとは対照的に、アダムスカは少し困った様子だった。
「あの……ニコール、この方々は大丈夫なんですか?」
「ああ、紹介していなかったね。お二人は大丈夫だよ。元公女殿下の護衛騎士で、私の上司にあたる第三親衛隊のアライナ隊長とエボニー副隊長だ」
紹介を受けるとアライナが真っ赤な長い髪をさらっと手で梳く。右目の下にある泣きぼくろと仄かに垂れた優しそうな目が、おっとりと柔和な印象を付けた。
「アライナ・ロス、第三親衛隊の所属よ。審問のときに見てない?」
「すみません……覚えてないです……。あのときは必死だったと言いますか」
「ふふっ、そう。別にいいわ、こうして会えたんだもの」
アライナの視線が流れ、キャッチしたエボニーが続けて自己紹介をする。
「お初っす、アダムスカちゃん。私がエボニー・フィネガンっす! にこ~!」
「は、初めまして……。テンション高いですね。ていうか、……え、若い」
見目にアライナは三十代前半ほどに見えたが、エボニーはまるで十代の外見だ。嬉しそうにエボニーが「やっぱそうっすよね!」とテーブルに手を突いて立ち上がり、スポーティな青いショートカットを揺らして、ぐっと顔を近づけた。
「うふふ、そうなんすよ。私ってば、まだ十九歳でぇ!」
「じゅ……えっ、親衛隊の副隊長でですか!?」
あまりに驚いて大きな声が出てしまってアダムスカが慌てて口を手で塞ぐ。微笑ましく見ていたニコールが、そっとエボニーを手で指して────。
「彼女は七歳から優れた騎士を輩出してきたカーライル家で指南を受け、十歳の頃には公女殿下の護衛騎士に抜擢されるほどの大天才なんだ。公女殿下が親衛隊の最高顧問になられて、お二人は第三親衛隊でよく……サボられている」
ニコールの苦笑いに揃ってギクリとして固まった。出世欲がないのに加えて、基本的に皇国の平穏は騎士団が守ってくれているため、暇を持て余す親衛隊では職務を全うせずに誰よりもだらけきっているのがアライナとエボニーだった。
第三親衛隊を預かる身でありながら、大体の事は部下が片付けてくれるからと、いつも皇宮をウロウロしては、他の隊員とだらだら喋っている姿は巡回していたニコールもよく見かけて、『それでは威厳が失われてしまいます』と苦言を呈した事もあるほどだ。そのせいで、人柄は素晴らしいが仕事はしないという印象だ。
「まあまあ、いいじゃないの。今日は、その滅多とない仕事をしに来たのよ」
「お二人もマウリシオ隊長を呼び戻すために?」
「ああ、逆よ。逆。アタシたちはアイデンの邪魔がしたいの」
グラスに口をつけて、口を潤してから。
「ま、本音はただ休暇と刺激が欲しかったんだけど……道に迷っちゃって、仕方なくレストラン貸し切りにして時間潰してたのよ。会えてよかったわ。────良かったら先にアタシたちを助けてくれると嬉しいんだけど、どうかしら」




