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EP.4『一触即発』

 訪問の予定もなしにやってきたアイデンに対してカロールは先程までの明るい表情とは真逆に不快感をあらわにした冷たい表情を浮かべた。


「困るわ……。二人共、騎士様なのよね。良かったら来てくれないかしら? 私だけでは何があっても話を押し通されるとしか思えないから」


 冷静で賢明。そして慎重。マウリシオが愛した女性は小さな子爵家出身とはいえ、頭が切れる。ニコールは当然のように頷き、胸に手を置いて言った。


「もちろんです、夫人。もてなしを受けておきながら、浅ましく背を向けるような真似を騎士は決していたしません。たとえ職を辞したとしても」


 相手がアイデンだと聞いてニコールが断るはずがない。第五親衛隊はタデウスに対して強い忠誠心を持ち、権力に従うのは普遍的な事であると捉えている。まだ魔物を相手にしている方が楽だと思えるのが人間だ。厄介な事になってきたとカロールの後をついていきながら、頭の中をさらっと整理した。


 玄関ホールでは執事が困り果てて、入って待っているアイデン率いる第五親衛隊の幅を利かせるような態度に苦い顔を浮かべている。


「これはこれは、……夫人。お久しぶり……ですね……」


「何の御用ですか、イプスウィッチ卿。夫もいないのに勝手にホールまで入って来て失礼だとは思いませんか。今回の失礼は大目に見ますので後日改めて訪ねて下さい。今日はお客様もいるのですから」


 冷たく毅然とした態度でアイデンを迎えたカロールに、どこか淀んだ暗い瞳が鬱陶しそうに見下ろしてから、後ろにいるニコールたちを一瞥する。


「……チッ、罪人風情がどこまでも鼠のようにウロウロと」


 ぼそっと呟いた言葉にアダムスカがぎろっと睨む。


「アタシたちは正当な理由があって此処にいます。そちらこそ爵位を与る身でありながら常識的な行動も取れないとは驚きましたけど?」


「言葉を慎みたまえ。私こそ正当な理由があって此処に来ている」


 アイデンが明らかな敵意を持って語気を強めた。


「先日、休暇を取られる以前にレスター卿の作成した書類について不備があった。訂正は管轄の親衛隊長の権限によってのみ行われるものであり、我々はタデウス総隊長の指示を受けて、港町の憲兵隊視察と同時にレスター卿に皇宮へ戻るよう告知する義務があって訪ねている。出来てもいない仕事を片付いたと言ってのける男の奥方に対して意思まで尊重する義理が私にはない」


 傲慢にもほどがある、と思うような態度でも親衛隊長となれば誰もが目を瞑る。彼らに目を付けられて得られるメリットはないから。他の騎士たちも、それが分かっているから俯いて悔しがるカロールを平然と冷笑した。


「失礼を承知で申し上げますが」


 ニコールが、淡々とよく響く声で言った。


「いつから親衛隊は偉そうに国民を見下しても良い組織になったのですか?」


「……ニコール・ポートチェスター、言葉の訂正をしなさい」


「既に親衛隊でない私にとってあなたは上官ではありませんが」


 まったく折れる気配のないニコールにたじろぎながらも、アイデンは落ち着きを取り戻すためにごほんと咳払いをして「訂正するなら今回は見逃してやる」と言った。次に同じ事を発言するのは侮辱である、と。


 しかし、そんな事でニコールが分かりましたと返事をするはずがない。


「あなた方が伯爵夫人に向けた言葉は侮辱ではないと。責め立てておきながら冷笑する事は侮辱には当たらず、自分達に対する評価や批判は侮辱であると仰るのであれば、それは皇帝陛下の望まない独裁と変わらないでしょう。よもやその程度の事も理解(・・・・・・・・・)なされていないのに(・・・・・・・・・)騎士を名乗っているのですか?」


 冷静かつ大胆な挑発行為。わざと侮辱に近い言葉を選んでアイデンたち第五親衛隊の敵意を煽ってみせた。


「……侮辱的行為、言動は処罰の対象だ。我々がお前たちを冷笑した事実などない。ニコール・ポートチェスターならびにアダムスカ・シェフィールド。両名を拘束する。大人しく両手を後ろに回して膝を突け」


 剣に手を掛けたアイデンを見て、アダムスカが前に出た。


「職権乱用も大概にどうぞ。必要であればこちらも剣を抜きますが」


「やってみなさい。お前たちを叛逆者として今度こそ処刑台送りにしてやる」


 一触即発の雰囲気。カロールを後ろに下がらせてニコールも剣に手を置く。


「ここで押し問答をするつもりはありません。既にあなた方はレスター伯爵家の門を強引に押し入った。たとえ総隊長からの任であっても、原則的に臣民に対する不信感あるいは強迫観念を煽る行為は禁じられている。こちらもあなた方に剣を抜く理由は十分にある事をお忘れなきよう。我々に後ろ盾がないとでも?」


 流石にアイデンも言葉に詰まった。日頃から皇宮にいないといえどもアシュリン公女の存在は大きく、親衛隊最高顧問の権限について総隊長程度に覆すだけの力はない。どよめく騎士たちを手で制して、アイデンは大きなため息を吐く。


「よろしい。我々は視察のために来ているのも事実。今回は引き下がってあげよう。だが覚えておきなさい。お前たちは皇宮から追放されたに過ぎない罪人だと。……今日の事を、せいぜい後悔しない事だ」

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