EP.3『レスター伯爵夫人』
案内されて邸宅の中へ入ると帰ってきたのを窓から見ていたマウリシオの妻、カロールが出迎えた。驚くべき事に、見目麗しく年齢はニコールとそう変わらないような美しい妻だった。
「おかえりなさい、あなた。ご友人を連れてきたのね?」
「ただいま、愛しいカロール。こちらは元部下のニコールと、元騎士団所属のアダムスカだ。二人共、君と歳が近いから話が合うのではないかと思ってな」
ニコールとアダムスカが揃ってお辞儀をすると、カロールは嬉しそうに笑ってマウリシオに抱き着いた。
「ありがとう、ずっと寂しかったのよ! さあさ、まずは挨拶ね!」
すぐにマウリシオから離れると気品高くスカートの裾をつまんで持ち上げて挨拶をする。伯爵家に嫁いだ者として、夫に恥を欠かさないために、いつどんなときでも誰が相手であろうと礼儀正しくあるのがカロール夫人だった。
「初めまして、カロール・レスターです。お会いできて光栄ですわ」
「ニコール・ポートチェスターです。こちらこそ光栄です」
「アタシはアダムスカ・シェフィールドです。アタシもお会いできて光栄です」
挨拶が済むと、マウリシオが割って入るのを申し訳なさそうに咳払いをする。
「私はまた出てくるから、妻の相手をよろしく頼む」
「お任せください、マウリシオ隊長!」
ニコールはビシッと拳を胸に当てて満面の笑みで応える。相変わらず頼まれ事を嫌な顔もひとつせずやってくれるものだなとマウリシオは感心して任せた。
「まあまあ。嬉しいわ、ちょうどサビエンヌ嬢が来られなくなってしまったから、お茶の準備がそのままなの。すぐに用意させるわね」
「お気遣いどうも。レスター夫人はとても優しくて愛らしい御方ですね」
ニコールが褒め称えると、カロールがニコッと笑う。
「嬉しいわ、ニコールさん。夫以外で褒めてくれる人なんていないから!」
悪気はない。何気なく言った事だったが、ニコールとアダムスカは顔を見合わせて申し訳なさを覚えて、笑みが少し引き攣った。
「私、マウリシオと結婚してから友達ができなくて。嫌われてるわけじゃないみたいだけれど、かといって好かれてもないみたい。今日もサビエンヌ嬢が来て下さるはずだったのよ。でも直前になって体調を崩したって、これで三回目だわ」
レスター伯爵家は由緒正しい代々親衛隊の要職に属してきた家柄だが、伯爵夫人となったカロールは元々は小さい没落寸前の子爵家の出身だ。他の令嬢たちとはあまり相容れず、むしろ悪い噂を立てられる事の方が多かった。
だからか特別に仲の悪い相手でなくとも、噂を気にして遊びに来ない事が多い。あるいは圧力が掛かる事もあるようだったが、あまりマウリシオに心配を掛けるのは良くないだろう、と口にしてこなかった。
「マウリシオさんには相談しないんですか? アタシ、そういうのきちんと話してあげるべきだと思うんですけど……」
夫婦なのだから互いに助け合うべきだと考えるアダムスカと違って、カロールはう~ん、と考えるように顎に指を添えて────。
「ほら、あの人って皇宮にいる事が多いでしょう。いつも忙しいのに私が相談事なんてしたら、彼はとても優しいから平気な顔をして手伝ってくれるでしょうけれど、あまり負担を掛けたくないの。あの人の事、私本当に好きだから」
部屋に案内されて、促されるまま椅子に腰掛けながらニコールは尋ねた。
「マウリシオ隊長とはご結婚されて長いんですか?」
「もう十二年かしら。私が十八歳のときに結婚したのよ」
それはもう思い出すだけで笑みが溢れるほどカロールは嬉しそうに言った。
「当時はもっとスマートで顔が良くて。でも正直、今のふくよかなマウリシオの方が好みよ。なんだか落ち着いていて、隣にいてくれると安心するの」
告白はカロールから。言葉遣いは荒々しい部分も多かったが、当時から気遣いの多い男だった。ついていくなら彼のような男性が良い、と自身の感性に従ってカロールはすぐにマウリシオに愛を伝えた。
「本当は私なんて見向きもされないような令嬢だから、結婚できたのは奇跡みたいなものよ。中々会えないのは寂しいけれど」
「仲がよろしいんですね。でも、分かる気はします」
ニコールは深く納得する。地位や富を欲し続けるのも、レスター伯爵としてではなく、ひとえに夫人がいるからだ。当人だけならばさほど必死になる理由もないほど伯爵家の名は大きいし、マウリシオは昔から『子供ができなくてな。養子を貰うべきかどうか。妻を傷つけたくはない』とこぼすほどの愛妻家だったのだから。
「アタシは騎士団所属だから全然、あの人の事知らないんですよね。審問のときにちょっとややこしい関係になってしまったというか」
「そうなの? じゃあ、彼のためにも誤解を解いてあげなくちゃね」
馴れ初めから始まって、カロールはマウリシオの善性の部分について語った。なぜ彼が愛妻家になったのかも。その言葉の端々から強い愛を感じつつ、ニコールとアダムスカは静かに耳を傾けた。
やっと話が落ち着いた頃。お茶会もそろそろ終わりというときになって、メイドが部屋にやってきた。
「奥様。お客様がお見えなのですが……」
「あ、そう。どなたがいらしたの?」
メイドは少し困った様に玄関の方角を振り返って。
「第五親衛隊のアイデン・イプスウィッチと名乗られております」




