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EP.2『世話焼きの上官』

「平和……ですか。それも悪くはないのかもしれませんが」


 マウリシオの言っている事もよく分かる。穏便に済ませてしまえば、わざわざ命を狙われるような危険に晒される必要もなかった。さらに言えば正義を貫いた結果として公女までも襲撃を受けたのだから、マウリシオの言葉は尤もだった。


「私たちはきっと、それでも前に進むんです。歪んだものを歪んだままにしてはいられない。そういう性分ですから」


「……相変わらず頑固だな。小娘のくせに思想だけは長生きのそれだ」


 どうせ否定されるのはマウリシオも想像していた。曲がった事の嫌いなニコールの性格は部下として育てたときからよく目にしてきたものだ。懐かしさに思わず笑みも零れる。こういう奴だからこそ他の奴よりも目を掛けてやったのだと。


「そういう事なら私も出来る範囲での手伝いはしてやろう。魔塔へ行くのであれば船が要り様になるはずだが、漁師連中は忙しい。金を見せびらかしたところで簡単に頷いてくれるほど飢えてもいない。出発はいつだ、私が手配しておく」


「ありがとうございます、マウリシオ隊長。……アダム、いつ頃がいい?」


 本当ならすぐにでもと答えるところだが、せっかくアダムスカと来ているのに急ぐのも、と些か渋った様子を見せる。魔塔で真実が知れたら、それこそ急いで皇都へとんぼ返りしなくてはならない、といった可能性もあった。


「アタシも少しは滞在してからでもいいかと思ってます。四日くらいは自由に過ごせたら嬉しいんですけど、ニコール的にはいかがでしょうか」


「君がそう言うなら。では四日後でお願いします」


 うむ、とマウリシオは頷いて返す。


「滞在の間、泊まる場所はあるのか」


「適当に宿を探そうと思っています。良い場所とか知ってますか?」


「ああ、とても良い場所がある。あとで連れて行ってやろう」


「助かります! 港町は思ったより複雑で……」


 それはとても分かる話だ、とマウリシオはうんうん頷いて渋い顔をする。


「馬車が通れるのも大通りから繋がる一部の道だけで、後は殆ど徒歩だ。しかも入り組んでいるし、建物の背が少し高くて見通しが悪いだろう。その分、海に面した景色はどこからでも素晴らしい見栄えではあるが」


 長く暮らしてきたマウリシオには慣れたものだが、やはりニコールたちでは回り切れないだろうと思っていた通りだった。


「だが、安心していいぞ。これだけ複雑な分、あちこちに繋がっているから常に誰かしら出歩いているものだ。漁師たちは朝が早いから店も倣って早くに開くし、酒のみの町とも言われるくらい皆がいつも昼夜問わずに騒いで歩いてる。お前たちを待ち伏せできるような場所はどこにもないだろう」


 ソードマスターやオーラ使いのように気配に敏感な相手を待ち伏せしようと考える自体、かなりナンセンスなやり方ではあるが、かといって罠の方がオーラ使いの場合はさらに悪い選択肢になってしまう。ロムネスは道が狭く土地として隠れられる場所も存在しないので、わざわざ命を狙うには適していないのだ。


「さあ、着いたぞ。此処が私の邸宅だ」


 狭いはずのロムネスで、贅沢にも庭まである巨大な邸宅がどどんと構えている。まさに伯爵家といった具合には、ニコールもアダムスカもぽかんとした。


「はっはっは。この土地を買うのには苦労したものだよ」


「まさか脅して地上げなんてしてないでしょうね、マウリシオ隊長?」


「やっ……やめんか、疑惑の目で睨むな! 長年の交渉の成果だ!」


 意外にもマウリシオというのは富や名声、権力は好きだが、かといって邪道に手を染めた事はない。あぶく銭など手にするだけ無意味で、最も自分が欲するものを手放す枷でしかなかったからだ。


「ほれ、降りた降りた。馬車はうちで預かってやる。他の厩舎の預かりはいっぱいだと言われたんだろう。でなきゃあんな場所をほっつき歩くものか」


 世話焼きのマウリシオに、アダムスカはふむふむ、と感心する。


「ニコールに聞いてはいましたけど、本当に面倒見が良いんですねえ……。審問のときは随分と息巻いて敵に回ってたので信じられませんでしたが……」


「返す言葉もない。タデウス殿には逆らえんのだ、我々は」


 今の地位にある者の殆どがタデウスの口利きで出世してきたクチだ。顔が広く親衛隊所属の人間以外からは高い評価のあるタデウスを責め立てたところで、どちら゛痛い目を見るかは明白だった。


「アライナとエボニーくらい地力だけで出世したペアなら話も違うがね」


 ニコールが思い出したようにぽんと手を叩く。


「ああ、あの! 公女殿下の側近でいらっしゃった方々ですよね。いつも他部署に顔を出してお菓子とか配り歩いてる……」


「あれは叩き上げの精鋭だ。腕は公女殿下に次ぐとも言われている」


 実際に剣を振ったところを誰も見た事はないので確証はないと言いつつも、マウリシオは彼女たちが公女殿下ほど腕の立つ人間の側近をやっていて弱いはずがない、と高い評価をすると同時に、いささかの嫉妬もあった。


「くうっ……私もあと十五は若ければ公女殿下の護衛として名を馳せたやもしれんというのに! 見ろ、この身体を。中年を過ぎて今度は痩せなくなった!」


「食生活を変えてみてはいかがでしょう、マウリシオ隊長。動くのに疲れるのでしたら日々の習慣から少しずつ手を加えていけば────」


 ニコールがアドバイスをしようとすると、マウリシオは呆れたようにやれやれと大げさに肩を竦めた。


「若い奴は良いよな。こっちは今年で四十五だ。いまさらそんな事をして体力を使うくらいなら、妻との時間を作った方が良い」


「あ……。ははは、マウリシオ隊長は愛妻家でいらっしゃいますね」


 照れくさそうにふん、と鼻を鳴らしてマウリシオはそっぽを向く。


「ふざけた事を言っている暇があるのなら来い。その愛妻家からの頼みだ、お前たちにはいつも寂しそうな妻の相手をしてもらわねばな」

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