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EP.1『潮風の吹く町』

 港町ロムネスは大きくないながらも活気に溢れ、爽やかに吹く潮風が旅行者たちを出迎えてくれる。遠くに見える飛び交うカモメたちの鳴き声はどこまでも響きそうなほど甲高く聞こえた。


「此処が港町ロムネス……。なんだか潮の香が漂ってきますね」


「ああ。町も小さいのに皇都に負けない賑やかさが慣れ親しんだ感じがする」


 がらごろと車輪を回す馬車が向かう先は、港町の厩舎だ。滅多と来ないので場所も分からず、人伝に聞いても入り組んでいてパッとしない。ハロゲットであれば町の入り口近くにあるが、ロムネスは少々勝手が違った。


「あ、あれかな。寄ってみようか」


「そうですね。うう~、はやく観光がしたい……」


「ははは、魔塔より先にそっちなんだ」


「だって初めてですし、時間はありますから」


 既に立場を失った身としては焦る必要はない。今は後退するよりも前に進める道がある。多少の寄り道くらいは許されるだろうとアダムスカは興奮気味だ。当然、ニコールも表には出さないだけで期待していたりはするのだが。


 しかし、旅もそういつだって上手く行くわけではない。厩舎について話を聞くと、もういっぱいだと言われて他を探すよう断られてしまった。


「……ないねえ、停める所」


「ですね。お馬さん大丈夫かな?」


「今のところは多分。でも、そろそろゆっくりさせてやらないと」


 のんびりと町を歩かせながら他の場所を探していると、突然すれ違った男が「あ? おい、ニコールじゃないのか?」と驚いて呼び止めた。手綱を引いて馬を操り、その場に留まらせてニコールは男が近寄って来るのを覗きながら待った。


「あっ。マウリシオ隊長じゃないですか。いつこちらに?」


 呼び止めたのはマウリシオだった。いつものカッチリした制服とは違って、私服を着て歩いている。それでも貴族らしく上質で見た目には気を遣っていた。


「お前たちの審問が終わった後、すぐに休暇を取ったんだ。なにしろ随分と妻に会っていなかったのでな。そっちはハロゲットにしばらくいたんだろう。どうだった、久しぶりに羽を伸ばした感覚は?」


「以前、たまには休暇を取れと言われていた意味が理解できましたよ。大切な友人と随分と楽しい時間を過ごさせて頂きました」


 御者台でニコールの隣に座って小さく会釈したアダムスカを見て、マウリシオは少しだけバツの悪そうな顔を浮かべ、視線を逸らす。


「むう……。仕事人間のお前が少しは気晴らしを出来る友人が出来て良かったな。審問のときは悪かった。アダムスカ、お前にも謝らねばならん」


「え。いいですよ、別に気にしてないですから」


 ぶんぶんと手を振ってアダムスカは落ち込むマウリシオを宥めた。


「結局、こうして上手くやってますので。アタシも休暇なんて殆ど取った事がないから新鮮な気分で楽しませて頂いてますよ」


「そう言ってもらえると少し気が楽になる。私にも立場があるものでな」


 周囲を見て、道端に留めておくのも迷惑だなとマウリシオは顎をさすった。


「どうかね、お前たちさえ良ければ私の邸宅に来ないか? 妻が港町は退屈だと言う者でな。貴族同士の茶会はあまりお気に召さんようなのだ」


「……お誘いは非常に惹かれるのですが、実は馬車を停める場所が」


 苦笑いして、自分たちに土地勘がなく困っていることを正直に伝えると、マウリシオは得意げな顔で「私の邸宅にもってこい。空いてる厩舎に預けさせておく」と快く歓迎した。ニコールたちへの厚意というよりは、自身の妻が暇を持て余しているのを解消するチャンスを逃す手はないと思ったからだ。


「此処から近い。ニコール、アダムスカでもいいから私と御者を代われ」


 道案内するよりも自分が運転した方が早い、と体の大きいマウリシオは二人を荷台に追いやって御者台に乗り込んで手綱を握った。


「……ふうむ。荷台はくたびれてるわりに馬はかなり上等だな」


「わかるんですか、マウリシオ隊長」


「当たり前だ。私とて伯爵家の人間だ、よく乗馬もする……していたものだ」


 結婚して激太りしてから、そういえばまるで乗ってなかったと思い出して少しだけ恥ずかしくなった。適当に誤魔化したら、馬車はゆっくり進む。


「しかし、お前たちはどうして港町に? 観光するにも、港町ではせいぜい釣りを楽しむか、食事をするか程度だろう。こう寒いと釣りも勧められんが」


「あ……それが実は……言っていいのかな」


 ニコールが、ひとまずアダムスカにも意思を仰ぐように目配せする。静かに頷いて返されたのを見て、ニコールはひとまず話してみた。


「実は私たちの潔白を完全に証明できるかもしれないんです。魔塔の魔法使いに頼れば、証拠品の刀剣にある過去の魔力の痕跡を辿れると」


「ああ、例のアレか。魔法使いが触ったのなら痕跡が残るとかいう」


 ふうむ、とマウリシオは少し考えてから────。


「お前たち、あまり危険な事に首を突っ込まん方が良いのではないか?」


 きょとんとする二人に、慌ててマウリシオはごほんと咳払いをする。


「別に否定をしとるわけではない。だが、あのとき騎士団を現場から排除するように指示を出したのはタデウス殿だ。長生きするコツは自身に与えられた領分を踏み越えない事だ、ニコール。このまま平和に生きる道もあるはずだ」

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