EP.5『対立』
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いつもより訓練場の空気は酷かった。フォードベリー第三騎士団ではアダムスカを除け者にするのが当たり前の日常だったのに、ここ二週間ほどで派閥が綺麗に分かれてしまったからだ。
これまで声の大きかったアダムスカに対する嫌悪を示す排斥派の声に反発して、擁護派が声を上げ始めた。その先頭に立っているのは──本人の意図しないところではあったが──ニコール・ポートチェスターだった。
「これまでシェフィールド卿には申し訳ない事をしてきました。言い訳がましいでしょうが我々は、ただ臆病だったのです」
ある日の晩に集まってきた十数名が、アダムスカの部屋までやってきてそう言った。ニコール・ポートチェスターの行動を見て『自分たちが目指していた騎士とはなんだっただろうか?』と深く見つめ直す機会になったのだ。
そもそも、魔物に襲われたのはアダムスカも同じ事。なのに、ただ一人生き残ったからといって彼女を責めていい理由にはならない。ただ誰もが行き場のない怒りのぶつけどころとして利用した。一部はそれを黙認するしかなかった。騎士団として統制を取るのには仕方ない事なのだと自分達に矛先が向くのを恐れて。
それからアダムスカに対して冷たくあたる、あるいは嫌がらせをする者がいれば注意を促したりして、たった数日の間に騎士団内の空気は完全に二分された。排斥派の者たちはどうしてもそれが許せず、擁護派との対立が目立った。
しかし、今の所大きな問題は起きていない。多少の小競り合いはあるものの、訓練でわざと怪我をさせたりするふうな行いには至っていなかった。アダムスカを除けばほぼ全員が被害者なのだ。意見の食い違いで訓練場を独占したりするといった迷惑な行為は品位に欠ける、と誰も考えず、ただ言い争いが続いた。
「……いけないな。このままの空気だとそのうち大げんかになる」
「ニコールさんは何かないんですか、対策」
「アダム。君も知っての通り、私は擁護派として認識されているからね」
「ええ~、違うんすか?」
「違うとも。私は別に擁護もしてないし、排斥したいとも言ってない」
どっちつかず、と言われればそうかもしれない。事実、アダムスカだけが生き残った事で『なぜあいつだけが』という気持ちは分からないでもない。その経験はニコールにもあった。しかし、それでどうなるものかと言うのも理解している。
「今後のために皆には仲良くしてもらいたいんだけど……私の言葉を聞いてくれる人はいなさそうだ。団長もどちらかと言えば排斥派と近いようだし」
「そうですねえ……。団長、別にどっちも支持はしてないはずなんですが」
前任の後継に選ばれた新しい団長の立場は、どちらにも属するものではなく、首を突っ込む気すらない。揉めているのを見ても『最低限、訓練場の使用は全員で行う事ができなければ処罰する』という言葉だけを残して、いがみ合いについては何かひとつでも注意を促すような事さえしなかった。
それもあってか、排斥派の騎士団員たちには都合が良い。彼は自分たちの味方だと勝手に信じているし、団長自身もそれで構わないと思っていた。ひとえに興味がないからで、擁護派の声にも耳を傾けようともしない。
「どうにかして心を動かせたらいいんだけど……なあ、アダム。君は何か分からないか。団長が好みそうな言葉とか、行動とか」
「どうでしょ。着任当時からあまり関わろうとしませんでしたから」
目の敵にはされなかったものの、関心も抱かれなかったので、わざわざアダムスカとしては特別声を掛ける理由もない。そのため人物像について分からない事が多い。ただいつも不機嫌そうだ、という事だけ。
「うーん。では直談判にでも行くか。君の立場を変えるには、多少の納得ができる解決策が必要だ。ここしばらく、私もちょうどある調べものをしていてね。おそらく排斥派の方々にも理解してもらえるはずなんだが」
「ある調べもの、ってなんです? 彼らの資産とか家族構成?」
脅すわけじゃあるまいし、とニコールはやんわりと苦笑いをする。
「魔物の出没情報だよ。君にとっては良い話じゃないから黙っていたんだが、当時に現れたのはゴアウルフという巨大な狼だ。凶暴性の高そうな見た目とは裏腹に穏やかな性格をしていて、獲物はいつも野生馬や鹿、あるいは熊を狙う」
「……そうですか。出没情報というのは、つい最近のものですか?」
深く頷いて、ニコールは話を続けた。
「当時の事件でゴアウルフに襲われたのは調べにいった魔法使いによって把握されている事だ。しかし過去の例を見ても、ゴアウルフが人間を襲ったのは七年前の事件だけだと分かった。何かしらの理由で凶暴化したのかもしれない。それがもし個体としての特徴であれば放ってはおけないだろう」
調査はニコールが単独で行い、ゴアウルフは現在も七年前の事件現場付近で徘徊しており、目撃情報が相次いでいるとわかった。幸いにも現在に至るまで死傷者の報告はなく、凶暴化の原因を調べるにはうってつけだと考えた。
「私たちだけでゴアウルフが何故人間を襲うに至ったかを調べよう。その結論がはっきりさえすれば、君が悪くなかったと証明もできるはずだ」
「いいですね。それじゃあ、団長にさっそく伝えに行きますか」
訓練で流した汗を軽く拭いたタオルを首に掛け、休憩も終わりと花壇の縁から立ちあがって、身体をぐぐっと伸ばす。意外と線の細い体つきだな、とニコールはとても騎士とは思えない華奢な体をジッと見つめた。
「なんですか?」
「いや、なにも。さ、それより団長に会おう」