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第一部~エピローグ~『蛇は考える①』



 親衛隊総隊長執務室────。




「この愚か者が……。だから警戒しておけと言ったのだ、まんまと皇帝に足をすくわれるとは! 無様を晒すのが宮廷魔法使いのできる事か!?」


 タデウスの怒りがぶつけられ、ジーンは返す言葉もない。


「あ、あれは……想定外の事で……!」


「分かっている。私もお前のような若輩に期待をし過ぎていた」


 宮廷魔法使いと言えどもジーンは僅かにまだ若さを残す男だ。タデウスからしてみれば、青二才と呼んで等しい。普通の人間が魔法使いになるのは不可能だからと贔屓に見ていたのが裏目に出たと唇を噛んだ。


「ニコール・ポートチェスターは聡明な娘だ。公女殿下からもよく気に入られているゆえ、そのうち最高顧問にでもなったやもしれん。これはこれで正解だったと思うしかないだろうな。だが君の失態ぶりはなんだ? ん?」


 普段なら丁寧に扱う葉巻を灰皿に押し付け、チッと舌を鳴らす。


「魔物を操る技術は禁忌だ。その研究を軍事的に有益なものと陛下に認めさせるために許してやったのに、七年前の事件ではフォードベリー風情に嗅ぎ付けられ、アダムスカ・シェフィールドが生き残った。挙句、今度は危うく喉元まで迫られるどころかむざむざと苦労して捕えさせたゴアウルフを殺されたとはな」


 魔塔では魔物を使役するのは禁忌と呼ばれ、皇帝レイフォードからも魔物を軍事転用できないかと相談を持ち掛けたところ『万が一にでも暴走すれば、民の命をいたずらに危険に晒すだけだ』と拒絶された。


 多くの魔物との戦いに命を奪われる騎士たちがいる中で、何を甘えたことを。平和な皇国の中にあって穏やかな日常にボケた若い君主など暗君に他ならない。もし判断を聞き入れられなければクーデターを起こすつもりでいた。


 なのに。なのに、だ。貴重なサンプルとも言えるゴアウルフをたった二人に討伐された挙句、目撃者を増やした。そのうえ、七年前よりも状況は悪化している。レイフォードが親衛隊と騎士団を改めて再編する計画を立てているのだ。


 これまでの事から考えて、責任を取らされる可能性はある。既に幾らか睨まれているタデウスとしては焦りがあった。


「(ポートチェスターを味方する人間は多い。あの人柄だ、無理もない。私のような狡猾な人間でさえ信頼に値すると評価できる。だが、私の地位を脅かす人間をみすみす放っておくわけにはいかない。そして問題は公女殿下がニコールに接触する事だ。近いうちに連中は魔塔へ向かうはず……)」


 もう既に多くの資金を使って暗殺者を雇い、何度も公女暗殺および妨害工作を任せたが、その悉くを失敗している。親衛隊最高顧問であり国内最強とも言われるアシュリン・イングレッツェルにアランとクロードというソードマスターまで護衛についていては、いくら金を積んでも足りない。


「ジーン。我々は既に運命共同体だ。逃げ出す事は愚か、動く事さえままならない。しかしやれるべき事は最後までやろうと試みるのが大切だと思わんかね」


「……ええ、そうでしょうね。しかし具体的にはどうするべきか」


 魔法使いは魔法以外の事になると、些か知恵が回らない。とはいえタデウスもそんな事は承知したうえで優秀な魔法使いである事に変わりはないと評価する。だからこそ今回ばかりは彼が適任だと断じる外なかった。


「大陸にいる魔塔を離れた者はどれほどいる?」


「誰でも知っている者だけで三名はいます。魔塔に足を踏み入れる事さえ禁じられた黒魔法使いと呼ばれる者たちであれば協力的かと思います」


 禁忌などお構いなしに研究を続け、魔塔から追われながらも自分たちを正しいと信じて疑わない。魔法そのものにしか興味がなく、研究を愚弄したり邪魔をする者、悪しきものと断ずる事に対して非常に嫌悪感を抱く生き物だ。ニコールのように正義感に溢れた人間は、まさしく彼らの敵と言える存在だった。


「しかし、問題は居場所です。私のようにタデウス殿の強力な後ろ盾があれば話は別ですが、基本的に彼らの研究とは世間から乖離したものですから」


「邪魔を嫌うというわけか。お前では探せないのか」


 問われるとジーンは少し考えてから────。


「出来なくはないでしょう。同じ魔法使いですから、ソードマスターが感じる以上に我々は魔力というものに敏感です。たとえば一目には痕跡が消えていたとしても、私のような魔法使いであれば過去二年ほどなら遡れます」


「それが分かっていれば、なぜ証拠品を見つけさせるような真似をした?」


 タデウスの怒りは尤もだ。証拠隠滅に失敗して騎士団に先に回収された刀剣は、即座に魔塔へ届けられる事になった。しかも、ただ運んでいるのではない。暗殺者をいくら差し向けても奪い取れない理由があった。


「あの出しゃばった騎士団の団長共……。特に、赤い風のカーライルは厄介だ。本来であれば親衛隊にいてもおかしくない腕前の男だからか、そこいらの刺客を差し向けたところで返り討ちだ」


 ふう、と眉間を揉んで、タデウスは深く考え込んだ。


「……魔法使いを探しておけ。私は少し出てくる」


「と、言いますと?」


「ただの暗殺者で事足りぬのなら、こちらの手札を切る他あるまい」


 席を立ったタデウスは、フンッと鼻を鳴らした。


「なに、奴らに味方する者がいれば敵対する者もいる。今度こそ仕留めねばな」

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