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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第一章

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EP.48『今だけはアタシのもの』

 馬車がハロゲットを旅立って、さらに北の港町を目指して走り出す。


 全て始まったばかりで右も左も分からない。もしかしたら引き際があって、まだ取り返しのつく場所にいる可能性だってある。黙って粛々と生きていれば命など狙われるに値しない事だって考えられた。


 それでも二人は旅を続ける。自分たちの決意を信じていたから。


「あ~……。こんな事言うとあれなんですけど、次も楽しみですね」


「……ふふっ……あっはっは! 本当にその通りだ!」


 辛気臭いのは似合わない。空気を破ったアダムスカの横でニコールが堪え切れなくなって大笑いする。下を向いて生きるのはやめた。なるようになる。運命が導くままに旅を楽しもう、と。


 孤立無援を覚悟していたが、今は支えてくれる人たちがいる。わざわざ下を向きながら歩く必要はない。段々と気持ちが乗ってくる。


「そういえば、ニコール! 港町ではお魚料理が美味しいそうで!」


「ああ、そうだね。私も、昔に足を運んだ事があるから」


「いいなあ。アタシはないんですよ。どうでした、美味しかったですか」


「とても。食べながら飲む白ワインがまた最高なのさ」


 わあ、と子供のように目を輝かせるアダムが、地図をばっと広げた。


「道はこっちで合ってるかい、アダム?」


「合ってるみたいです。ずっとまっすぐ行けば、少々広い森が」


「熊が出るって有名だよね。今は寒いから冬眠中だろうけど」


 港町周辺の森は大きな川もあって、緑も豊かな野生動物の楽園だ。雨風を凌ぐのにちょうど良い大木がいくつも背を伸ばし、熊だけでなく猪や狼の群れなどもときどき見られる事があった。


「そういえば港町では猪なんかも獲ったりするそうだよ」


「えっ、本当ですか?」


「薄く切った肉を塩と胡椒だけで頂くと聞いた事がある」


 味には一定の評価があるが、店を丁寧に選ばないといけない。きちんと処理できていなければ、当然臭みが出てしまって食べられたものではないからだ。ニコールは過去にそう聞いたのを思い出して、町に着いたら下調べをする事に決めた。


「ニコールは物知りですね。誰から聞いたんですか」


「ああ、それはマウリシオ隊長から。あの方は旅行が好きなんだ」


「旅行……。隊長格ともあろう方が、旅行をしてる暇が……?」


「あっはっは。親衛隊は君が思ってるより、随分と暇を持て余しててさ」


 大体の荒事も事件も騎士団に任せておけば大概はなんとかなる。ただ、ときどき働いている姿も見せなければ恰好がつかないと言いながら騎士団の手柄を横取りしようとするので、ニコール的にはあまり評価できなかったが。


「特にマウリシオ隊長の預かる第四親衛隊は、騎士団で言うところのフォードベリーにあたるんだ。だから書類仕事が基本で、今の親衛隊だといちばん忙しいくらいだ。それで皆、定期的に長期休暇を取ってるんだよ」


「あれま……。そうなんですね、ちょっと親近感湧くかも」


 ふーん、と静かな空気が流れて、ニコールが何かを思い出したように「あ、そういえば」と呟いた。マウリシオがそうして長期休暇を取る際に、ふと話していた時の事を振り返った。


「そういえば港町に伯爵邸があるって言ってたな」


「……? 伯爵って、誰です?」


「マウリシオ隊長だよ。あの人、レスター伯爵家だから」


「えっ、あんな感じでですか……! 男爵くらいかと思ってました!」


「ははは、辛辣だなあ……。でも本当だよ、伯爵夫人とも会ったし」


 皇室主催のパーティが開かれたとき、マウリシオは『せっかくだからお前も来い。今は私の部下だし、顔も良いからきっと引く手数多だぞ』とセクハラ紛いの発言を平気でしながらも、これもひとつの経験だとニコールを連れ出した事がある。


 貴族以外が出入りするのは、まずありえない。十中八九白い目で見られるところだったが、レスター伯爵夫人を紹介された事でそれは真逆となった。


「レスター伯爵夫人も凄く良い人だよ。社交界でも地位のある方というか……おかげで、連れられていった私と仲良くしてくれる令嬢方もいっぱい居て」


「それでそれで……? お茶会とかも顔を出したりしたんですか?」


 ニコールは苦笑いをして首を横に振った。


「招待状はよく届いたんだけど、私は親衛隊の騎士としての仕事があるから。ご令嬢方の期待に沿えなかったのは、今でも申し訳ないと思ってるよ」


 がらごろと馬車が転がり、ふと隣に座るアダムスカを見て────。


「まあ、でもおかげでいちばん気の合う友達を得たから」


「……友達……。はい、そうですね! アタシたちは友達です!」


 不満などあるはずがない。あるはずがないのに、なぜだかアダムスカは胸がちくりとする。結婚願望がなくても、いつか本当に心から愛せる人が出来て、結婚する事になってしまったら。ニコールは離れて行ってしまうのだろうか。そのときも友人のままずっと傍にいられるだろうか。


 考えれば考えるほど、寂しい気持ちになった。


「ねえ、ニコール。ずっとアタシ、一緒に居られるかな」


「うん……そうだねえ。私はずっとこうして旅をしてたいなあ」


「……! ん、ふふ……ですよね、ですよね!」


「なんだい、急に」


 ふふふ、と穏やかに笑うニコールは。きっと今だけは、自分のものだ。


「なーんでもありません! アタシ、今すごく幸せです!」

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