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EP.45『公女襲来』



 事態が収束した後、母の形見の宝石に加えてドレスを取り戻せた事で、リリーもイシドロたち劇団員も大喜びだった。それから劇場にきた際はいつでも無料で構わないと、特別なチケットまで受け取った。ハロゲットに来た時の毎回の楽しみをひとつ得て、ニコールとアダムスカは大きな収穫を祝った。


 騎士団には正式に手紙を送って、ブロン商会の件やリズコック侯爵の統治における怠慢の可能性なども指摘して憲兵隊の指導員を増員し、中核にはアーノルフォを推薦した。単独で手が回らない中でも正しい行動を心掛けていたからだ。


 それから三日が過ぎた頃。そろそろハロゲットを出発して、今度は北部の港町から、ゆっくり東部を通って南部を目指そうと計画を立てていた。荷物を纏めたら宿の朝食に舌鼓を打ち、これが食べられるのも今日で最後だと味わった。


「なんだか寂しいですね。ハロゲットの日々は忙しかったですから」


「あはは、本当に。出発前にイシドロさんたちにも挨拶して行こうか」


 観劇した後、二人はリリーの熱演が気に入り、もうそろそろ出発するからと前日の夜にあった公演にも顔を出した。せっかく世話になったのだから、挨拶くらいしていっても許されるだろう、と宿を発った。


 朝陽の心地良さ。朝食後の軽い散歩。それが済んだら厩舎に行こうと話していると、劇場の前が何やら騒がしい。顔を見合わせて『もしかしてトラブルがあったのかも』と心配になって駆けだす。


 人混みを掻き分けてやっと劇場の前に出たとき、二人は唖然とする。


「おお。これはやや久しぶりだな、嬢ちゃんたち」


「……クロード団長、と、アラン団長ではありませんか」


 ニコールの驚いた声にクロードはにこやかに、アランはいつもと変わらない厳粛な態度のまま、再会を喜んでいた。


「手紙をくれてありがとうな。滅多に届かない分、騎士団宛ての手紙ってのは他より優先されるんだ。おかげで早くにこっちへ遊びに……」


「こほん。ハロゲットの視察に来たのだ。我々は護衛なのだが」


 劇場の入り口で、イシドロたちが挨拶を交わしている相手を見て、さらにニコールとアダムスカはぎょっとする。皇帝レイフォードと瓜二つの美しい顔立ちをした女性は親衛隊の制服に豪奢な羽織りを纏う、皇国きっての働き者。休暇と称して他国へ使節として交流の旅に出ていた、親衛隊の最高顧問であり、総隊長であるタデウスでさえ頭の上がらない相手。


「────アシュリン公女殿下!?」


「ん? おお、これはニコール・ポートチェスター!」


 振り返った公女の長い金髪が美しく流れるように舞った。


「何年ぶりだ、そなたの顔を見るのは!」


「三年ほどです。ご無沙汰しています、公女殿下」


「うむうむ。そちらの連れがアダムスカだな?」


 礼を尽くすべくアダムスカは胸に手を当てて深く頭を下げた。


「帝国の聖剣にご挨拶申し上げます、アシュリン・イングレッツェル公女殿下」


「堅苦しい挨拶はよい。兄よりも懐の広い人間ゆえな!」


 アシュリン・イングレッツェルの清らかな風のような爽やかさは兄のように威厳に満ちてはいないが、その雰囲気はまさに皇室の人間だ。なによりニコールもアダムスカも高い敬意を払うのは、彼女こそが親衛隊最高顧問であり、ソードマスターに辿り着いた最初の女性でもあるからに他ならない。貴族であろうとも剣を握って良いと価値観を変えた、世の女性たちが最も敬愛する最強の女性剣士だった。


「いやはや。ちょうど皇宮に帰ったところで、そなたらの話をクロードから聞き、手紙の件で兄が行くと言ってうるさかったので黙らせてきたのだ。しかし、手紙にそなたらの居場所まで書いていなかったであろう? なので、視察ついでに行く先々で見掛けておらぬか尋ねていた所、この劇場に辿り着いてな!」


 わははと楽しそうにしているが、注目が集まるのはやや気まずい。困っていたところで、イシドロが「すみません。立ち話もなんですから、よろしければ劇場の中でお話をされてはいかがでしょうか」と提案する。相手は公女だ、本来なら声を掛けるのさえ恐れ多いのだが、アシュリンはそれを気にする性格ではない。


「むっ、確かに外は少し冷えるな! 名案だ、イシドロ殿。どれ、それではひとつ私のために劇も観せてもらえるとありがたいのだが。こちらのニコールから手紙をもらって、ここの劇団は素晴らしいと聞いている」


 想定外の出来事にイシドロたちが何が起きているのか分からずニコールたちに助けを求めるような視線を送った。しかし残念ながら、ニコールたちも公女が相手では助け舟のひとつ出せそうにもなかった。


 観たい、と言い出したら絶対に聞かないのは分かっている。実のところ性格は兄にそっくりで、一度決めた事は絶対に曲げないのだ。何を言っても。


「あはは……。すみません、イシドロさん。よろしければ公女殿下の御前で演劇を見せて頂きたいのですが、お願いできませんか。私たちに免じて」


「そ、……そうですね! 皆様のためでしたら力を尽くしましょう!」

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