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EP.44『ネズミ捕り』

 憲兵隊の準備が整うまでをのんびり待つつもりだったが、意外にも準備は早く終わった。かなり急いだらしく息を切らしていて、彼らがいかに皇家や領主を恐れているのかが分かる。落ち着いていたのは話していた男爵家の男だけだ。


「遅れてすみません。これからブロン商会へ同行すればよろしいのですね」


「はい。あ、ところであなたのお名前は」


「私はアーノルフォ・サン・ノーブルです。小さな男爵家の次男でして……」


 小さな町の小貴族でしかないノーブル男爵家など、誰が聞いても殆どがどこの誰だと首を傾げるだろう。歴史も浅く、他の貴族たちと比べても立場がない。ニコールは、さも当然のようにぽんと手を叩いて────。


「あぁ、ノーブル男爵様の。優れた武具の売買を行う商人出身の方ですよね。一方でコレクターでもあるのは存じ上げています。何度かお世話にもなりました」


「父上の知人でいらっしゃいましたか、これは嬉しいです」


 喜ぶアーノルフォの心を掴むのには上手くいった。実際、ノーブル男爵とは面識がある。定期的に親衛隊や騎士団の武具を納品してくれるおかげで、いつでも新品同然の高性能なものが身に着けられた。


 それに、ニコールはコレクターの気質もある。親衛隊の寮にはいくつかの貴重な刀剣が飾ってあった。今では回収も不可能になってしまったが。


「(とりあえず憲兵隊からの心象は良くなったらしい。アーノルフォさんが男爵家である以上、爵位を持たない人にとっては敬う対象なんだろう)」


 いかにも真面目そうなアーノルフォの姿に、ふと疑問が浮かぶ。


「そういえば町で奇妙な噂を聞いたのです。問題があっても憲兵隊には期待できないとでも言うような話でしたが……」


「えっ。本当ですか?」


 アーノルフォがぱっと後ろを突いてくる憲兵二人を睨むと、自分達は知らないと言い訳をするかのように視線を逸らす。


「すみません。何度か指導もしているのですが、私ひとりでは手が回りきらなくて。これからはもう少し力を入れさせて頂きます」


「ええ、アーノルフォさんなら上手くやれると信じていますよ」


 観光客にとっては過ごしやすい町ではあるが、いざ住んでみるとなると話はまったく真逆へ向かってしまっている。いつかアーノルフォのように真面目な人間が、より良い町を作ってくれると期待する。


 それからは少し町の事について──オススメの店など──尋ねながら、気付けば商館の前に集まっているアダムスカたちに合流した。


「やあ。まだ声掛けてないんだよね?」


「おかえりなさい、ニコール。ただの待ち合わせだと伝えています」


 不審に思ったウィルバーが出てきて何をやっているのかと尋ねられたが、セリーヌが皆で茶会をするのでニコールを待っているだけだと伝えると渋々戻って行った。明らかに不安に感じているようだったが、下手な事はできなかったのだろうとセリーヌたち衣装室の女性たちはいい気味だと笑っていた。


「じゃあ、セリーヌさん少し……」


 ニコールが耳打ちして計画を伝えると、それは面白そうだとセリーヌは連れてきた従業員を集めて話を始める。その間にニコールも憲兵隊に調査を頼んだ。さすがに、あくどいブロン商会といえども憲兵隊の指示には逆らえなかった。


「これよりブロン商会での調査を行う。皆、その場から動かないで。盗品が此処に持ち込まれた可能性が高いので中を見せて頂きます」


 アーノルフォの言葉に反発したのがウィルバーだった。


「お待ちください! 盗品なんぞ知りません、いったいなんの権利があって調査をしようとしているんです!? 侯爵様の署名はあったんでしょうな!」


「ありません。ですが今回は特例です」


 ずいっと前に強気に出たアーノルフォが、押し気味に言った。


「あちらのニコール様は元皇室親衛隊の方であり、純金貨をお持ちです。リズコック侯爵様の署名を待って疎かに扱うのは我々が皇室に反発するも同然。お分かりいただけますね、ウィルバー会長」


 ぞろぞろと憲兵が商館へ入って行って物色を始めるとウィルバーは狼狽えながら、ニコールのところへ向かって────。


「おい小娘! 私になんの怨みがあってこんな真似を……!」


「さあ、分からないな。私は正しいと思った行動を選んだまでだよ。最初から嘘を吐かずに真面目にやっていれば、こんな目には遭わないんじゃないか?」


 フッと嘲笑して、ウィルバーから離れて憲兵に声を掛けた。


「すみません、いいですか。こちらの衣装室のレディが言いたい事があるそうです。なんでも盗品を持ち込んだのは自分だと」


 セリーヌが言葉を聞いて合図すると、ひとりの従業員が前へ出た。


「商館へ持ち込んだのは私なんです。ウィルバー会長はセリーヌ様が作ったドレスを依頼された金額よりも高く売りたいと仰っていました。私は口止めに金貨を一枚渡されたのです」


 焦ったウィルバーが大声で怒鳴った。


「ふざけるな! 御前の顔には見覚えがあるが、口止めなどした覚えはないぞ! ただドレスを受け取って……あっ、ちっ、違う! そうじゃなくて……!」


 本当に小者だったな、とアダムスカが呆れて溜息を吐く。


「観念したらどうですか。まだ隠して持ってるんでしょう、例のドレス。大事な売り物ですもんね。持っておけばかなりの額になりますから」


 セリーヌが純金貨を受けたと分かれば、ドレスの価値は大きく変わる。適当に売りさばくつもりだった品でも十倍はくだらない。金に貪欲なウィルバーが最初こそ疑われて処分を考えても、オーロラ衣装室の評価が変わった以上は簡単に手放せなくなってしまった。横取りしたドレスはまさに金の卵だったのだ。


「あ。アーノルフォさん、そちらは?」


 ニコールが戻ってきたアーノルフォの手に持ったものを見る。


「はい、ゴミ箱から。オーロラ衣装室の印が入った包装紙です。包まれていたものはどこにあるのか、ウィルバー会長にもお聞きしなくてはなりません」


 セリーヌが商会を経由して仕事をしたのは久しぶりで、数か月ぶりの依頼だった。だからゴミ箱に捨ててあった包装紙が最近のものなのは明白で、もはや言い逃れができないところまで来て袋のネズミだと分かると、ウィルバーはがくっと肩を落とした。


「二階……二階の私の部屋にあります……」


 所詮は狡いだけの男でしかない。ニコールたちにとっては窮地に陥った皇都での出来事よりも、よほど楽な話だ。あっさりとドレスは手元に返って来て、セリーヌたちにも改めて礼を言って、憲兵たちに連れていかれるウィルバーを一瞥してから急いで劇場へ向かう事にした。


「これでリリー嬢も喜んでくれるだろう」


「ええ。これでやっとゆっくりニコールと観光できますね」


「あはは、そうだね。実はさっきオススメの場所を聞いたんだ」


「本当ですか? そりゃいいですねえ、楽しみ~!」


 歩きながら陽気にくるっと一回転してニコニコ笑うアダムスカに、やれやれ可愛い子だなあ、とニコールは微笑ましく思いながら。


「ドレスを届けたら宿に帰って夕食にでもしようか」


「はいっ! アタシ、いっぱい食べちゃおっと!」

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