EP.43『確実な手段』
何か見つけたようだ、とアダムスカはニコールの考えに従って動く。オーロラ衣装室へ行けば必ず尻尾を掴む手段が見つかると確信があった。
以前にも『他のお客様も大勢いらっしゃる』と言っていただけあって、日も暮れるというのに衣装室には何人もの客が出入りする姿が見られた。
「失礼します。セリーヌさんはいますか?」
ニコールがやってきたのに気付いた従業員はすぐさまセリーヌを呼びにいった。数分待って急ぐ姿を見たニコールたちは揃って申し訳なさそうに会釈する。
「すみません、遅れてしまって。今日はお世話になりました」
「いえ。私たちこそ、帰ってきたばかりでしょうにお呼びしてすみません。実はブロン商会の件でリリーからどうしても取り返して欲しいと依頼を受けて……」
事情を話すとセリーヌは協力を快諾した。なにしろ自分が誠心誠意仕立てたドレスをブロン商会に横取りされるなど許せるはずもない。痛い目に遭わせられるなら喜んでなんでも協力する、とやる気に満ち溢れていた。
「それでいくつか尋ねたいんですが、こちらでは仕立てたドレスは箱に入れて包装紙に包んだりしていますか。こう、紅色の光沢がある美しいヤツです」
「ええ、それなら必ず決まったものを使用しています」
従業員に目配せして包装紙を持ってこさせ、ニコールたちに見せた。
「美しいでしょう、必ず決まったものを使うようにしています。あちらにあるスタンプで店の名前も入れるんですのよ。箱に包んだ後────」
「右下の辺りにでしょうか」
ニコールが言い当てたので、セリーヌが目を丸くする。
「ご存知だったのですか」
「ええ、実はブロン商会で見掛けまして。こちらではリボンも?」
「従業員なら誰でも結べますわ。最初に覚えさせる事でして」
やはりそうか、とニコールはやれやれと肩を落とす。
「ブロン商会で見掛けたものがありました。あまり大きくない箱で、同じ包装紙に……リボンの色はいつも白色を使っています?」
「ええ。包装紙と同じように、リボンも決まった色を使いますわ」
決まりだなあ、とニコールは満足げな顔をする。
「ありがとうございます。……アダム、ちょっといいかい?」
「はい、なんでしょ。アタシに出来る事ですか」
「そうだ。彼女たちを連れて商会に来て欲しい。ひと芝居を打ってもらおう」
「それで、ニコールはどうされるんです?」
「うん。憲兵隊の人たちを利用してみようかなって」
基本的には憲兵隊も動かないというのは、ブロン商会と何かしらの繋がりがあるからだとニコールは推測する。本来であれば何を頼んでも適当な対応で終わる話だろうとしても、彼らを動かすだけの理由がニコールには作れた。
「三十分後に商館で会おう。憲兵隊の屯所はすぐそこだから、話をつけてくるよ。こっちはこっちで準備に時間が掛かるだろうし、指揮は君に任せたい」
「わかりました! このアダムスカ、ニコールの期待に応えてみせます!」
頼られた、頼られたと嬉しそうにするアダムスカの肩を叩いて、軽く挨拶をしてニコールは憲兵隊の屯所へ向かう。ポケットをまさぐって、念のため持ち歩いていた純金貨を親指で空に弾き、手にぱしっと掴む。
「(憲兵隊は権力や金に傾倒しやすくて昔からトラブルも多い。おそらくハロゲットでもそうなんだろう。領主もわざと目を瞑っている可能性は高いな)」
王都でも親衛隊や騎士団だけでは手が回らないので憲兵隊を用意して各区に置いていた事もあるが、同様の問題が多発。後に王都に憲兵は不要との見方から現在では騎士団の増員などを行って穴埋めをしていた。
問題は他の町が都市部の騎士たちでは賄えず、現在も憲兵隊を必要としており、中には私兵を雇うケースも見られる事だ。その結果、不正な取引や人身売買などが一部で横行して社会問題化しているのが実態である。その是正も含めて、ニコールは憲兵隊を利用する気だった。
「すみません、こちらが憲兵隊の屯所で間違いないですか」
建物の前でだらだらと話す制服姿の男たちが、ニコールをじろっと見る。
「どうかされましたか、美しいお嬢さん。何か落とし物でも?」
「落とし物というか、窃盗の被害があったので呼んできてほしいと」
「窃盗とはまた。具体的に教えて頂けますか、力になれるかもしれません」
そんな気もないくせに、と作り笑いの裏で小さな怒りの火を燃やす。
「オーロラ衣装室で宝石を盗まれたんですが、盗んだ犯人はブロン商会へ持ち込んで売ってしまったと言うんです。憲兵隊の方々の力を借りれないかと思って」
突然、男たちの顔色が曇った。ブロン商会の名前を出した途端だったのを見逃さず、にこやかに────。
「対応して頂けないのでしたらリズコック侯爵に直接伝えてみます」
「はは……。ですが、あの方は忙しいので……」
「ええ。でも必ず会える方法がありますので。こういうのご存知です?」
握った手を広げて見せる。持っていた純金貨を男たちは覗き込んでぎょっとする。貴重な純金貨を一人が「失礼、少し触っても?」と言うので快諾すると、その重たさにとても困った顔をしながら。
「本物……みたいですね。すみません、疑うような真似を。私も小さな男爵家の出身ですから、触るまでは信用ができなくて」
「構いませんよ。それで、すぐに動いてくれるんでしょうか」
男爵家の男は気まずそうに笑って頷く。
「わかりました。盗品の件に関してブロン商会の調査を致します。ただその、本来なら侯爵様の署名がないと踏み入った調査は行えませんから、こればかりはどうしても少しだけ時間が掛かります……」
「問題ありません。強硬手段を取っても私が説明致しますから、すぐに来てください。リズコック侯爵様も理解を示してくださいます」
あまりの自信に面識でもあるのかと尋ねられたニコールが強く頷く。
「第二親衛隊の所属でしたから、何度か話した事もあるんです。侯爵令息との縁談を求められた事もあるくらいには仲が良いので」
「あ、はは……。わかりました、そこまでおっしゃるなら準備します」
親衛隊を追われる身となった今でも、かつての肩書と人脈は使えるものだな、とニコールは得意げな表情を浮かべた。
「それでは此処で皆様の準備が整うのをお待ちしていますね」