EP.42『嘘と偵察』
二人はすぐにブロン商会へ足を運んだ。表向きは賑わっていて行商人から従業員まで大勢が右へ左へ忙しそうにする中、商館の中では受付の傍で話をしている身なりの良い紳士風の男がいる。手にはいくつもの指輪が、これでもかというほど主張するように宝石を光り輝かせた。
「すみません、ちょっとよろしいですか」
話に割って入るようにニコールが声を掛けると、男はじろじろとニコールの服装を見て、ふん、と鼻を鳴らす。
「これはどうも。ブロン商会に何か御用でしょうか」
「あ、すみません。商会長様にお会いできないかと思いまして」
「……商会長は私ですが、どちら様ですか?」
明らかな敵意にも動じずニコールは笑顔で手を差し出す。
「私はニコール・ポートチェスターです。シャトール劇団が仲介を頼んだオーロラ衣装室様から、こちらのドレスが未だに届けられていない事について、出来る限り早くに届けて差し上げてほしいと伝言が」
一瞬だけ、商会長の男がぎゅっとしかめっ面をしたのを見逃さない。
「ウィルバー・ブロンです。ブロン商会は代々継がれてきた歴史ある商会でございまして、そのような事案があるのでしたら、何かの手違いがあったのではないでしょうか。商品でしたら、うちには届いておりませんから。すぐ従業員の者に倉庫を調べさせましょうか。立ち会ってくださっても構いませんよ」
堂々とするウィルバーに、ニコールはわざわざ踏み入ろうとはしない。
「そうなんですか? すみません、事情も知らずに出向いてしまって。かなり高価なドレスだそうですから、劇団のリリー嬢も悩んでおられて心配で」
「あぁ、あの。それはそうでしょうとも。オーロラ衣装室はハロゲットでもトップクラスの腕を誇っています。それに貴族も平民も客を選ばず仕事を請ける事で有名ですから。あ……そういえば従業員の方も平民出身でしたね」
いかにもオーロラ衣装室の従業員が悪いと言いたげで、誘導したがっているのは見え透いている。そこで話にはアダムスカも加わった。
「残念ですねえ。まさかオーロラ衣装室の方が商品を?」
「可能性はあるでしょう。高価なものですし、金に目が眩んだのかも」
「可哀想に。ですが大した問題ではないかもしれませんね」
アダムスカが平気そうに言うので、ウィルバーが不思議そうな顔をする。
「問題ない、ですか? 従業員の不始末はかなりの問題ではないでしょうか」
「それは当然ですが、内部の犯行がバレるのは時間の問題です。一度、金に目が眩んで商品を盗むような人はバレなければ、また同じ事をしますからね」
自信満々なアダムスカの隣で、ニコールがわざとらしく肩を竦めた。
「でも残念です。オーロラ衣装室はつい最近、皇室の純金貨を授かったとか。これから大きくなるでしょうに、不誠実な実態では名誉に傷もつく。ブロン商会としても大手の取引先を失うかもしれません。セリーヌ様は商会を信頼されていましたから」
これからの取引でブロン商会を贔屓にするつもりであった旨をわざとらしく口から零し、焦ったようにアダムスカが手で口を塞ぐ。
「駄目ですよ、ニコール。それは内緒の話でしょう」
ぐっと肩に腕を回して、ひそひそ話すように窘める────ふりをする。金の匂いには敏感なウィルバーなら釣れると確信しての演技。しかし、ただの嘘ではなく真実を混ぜ込んだ厄介な罠だ。
「うぉっほん……。その、オーロラ衣装室が純金貨を授かったと?」
「え~、はい、そうなんです。だからとても焦っていらっしゃいまして。まあ、問題はないと思います。ハロゲットでも彼女より腕のいい方はいないようですから。これまでのドレスも、きっと価値が跳ねあがるかもしれませんね」
ある程度話が済んだら、軽く商館の中をさりげなく見渡す。
「(……ん? あっちに置いてある箱、変だな)」
綺麗な高級感のある、文字の刻まれた包装紙に包まれた箱。にも拘わらず紙はいくらか折れていて、しわのあるリボンがめちゃくちゃな形で結ばれている。開封してから、また包んだものだろうと推察する。
「アダム、行こう。ウィルバーさんのお時間を取っては申し訳ない」
「そうですね。失礼致しました、ウィルバー商会長さん」
丁寧な二人に、それなりの好印象を──といっても引きさがったのを見て、カモになる程度にしか思っていないが──受け取ったウィルバーは笑顔で応えた。怪しまれないように立ち止まらず商会を出た後は、少し離れた建物の陰に隠れて作戦会議だ。必ずドレスはブロン商会が持っていると確信した。
「さて、どう取り返してあげようか」
「そうですね。どこに置いてあるかも分からないですし……」
「……いや、盗むのはやめておこう。正攻法で取り返す」
「とは言ってもブロン商会がまともに出して来るとは思えませんけど」
「だからこそさ。オーロラ衣装室に行けば色々分かりそうだ」
「衣装室……。でも、商品はブロン商会にあるのに戻って意味あるんです?」
ニコールは少し鼻を高くして自信ありげにふふんと笑う。
「それらしい箱を見つけたんだよ。だから、まずは確認に向かう」




