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EP.41『もうひとつの頼み』

 舞台は大成功だった。客入りこそ少ないが、今日の為に気合を入れてきたと言うだけあって、リリーの迫真の演技は見入ってしまうほどの魅力があった。観劇はこれまでにもっと大きな劇場で見てきた二人も温かい拍手を送った。


 そのままわざわざ挨拶に行くのも恩着せがましい気がする、と劇場を出ていく。せっかくだから宿で夕食でも取りながら語るべく帰路に就いた。


「しかし、素晴らしいお話でしたね。魔女に恋する貴族令嬢と、それを阻もうとする元婚約者! 悪役もさることながら、主役のリリーさんの魂の籠った演技は王都の劇場でも主役になれるのでは」


「他の皆もハイレベルだったね。こんなに小さい劇場なのが勿体ない」


 もっと良い場所があるとしても、名前の売れていない劇団に場所を提供する人間はいない。もっと大きな劇団での経歴があるならまだしも、集まっているのは身内ばかりの『いつか大きな劇団になる』という夢を掲げるだけの同好会にしか目に映っていない人間が多い。だからこそ機会には恵まれるべき、と二人は考えた。


「宿に戻ったらアラン団長たちに手紙を出そうよ。もしかしたら来てくれるかもしれないし、ハロゲットは休暇を過ごすにも穏やかで良い町だ」


「アタシも賛成です。あの二人なら団員も連れて見に来てくれそう!」


 楽しく話していると、後ろからニコールの腕を掴む手があった。


「あっ、あの……待ってください……!」


 舞台を終えたリリーが挨拶をしようとしたとき、既に二人の姿が劇場にはなかったので急いで後を追いかけてきた。衣装は私服に変わっていて、慌てて着替えたのだと分かる。ニコールはいったんアダムスカに視線を送ってから────。


「何か私たちの仕事に不備でもあったのかな?」


「ち、違うんです。そうじゃなくて……もうひとつ、お願いしたい事があって。絶対に取り返したいものが。母の形見のブローチがブロン商会にあるんです」


 ブロン商会に預けられたままになっているドレスには、美しく輝くサファイアのブローチが付けられている。採寸の際にリリーがセリーヌに頼んだ仕事だ。母の形見であり、最愛の舞台で身に着ける事で自信にするためだった。


 しかし、その肝心のドレスがブロン商会から未だ届かない。どうしても取り戻したかった。今のままでは横流しされるのが目に見えているから。


「アダム、どうする?」


「ニコールは答え決まってるでしょ。アタシも同じです」


「ふふっ。そうだね、それが私たちらしい」


 いつだって目の前に困っている人がいるのなら捨て置けない。ニコールもアダムスカも、そうやって育てられてきたし、そうやって育ってきた。今にも泣きだしそうな藁にも縋る想いのリリーを無碍には扱えない。


「わかった、私たちで良ければ引き受けよう」


「ほ、本当ですか……! ありがとうございます、報酬は必ず払います!」


「いやあ……それはいいかな。その代わりといってはなんだけど」


 う~ん、と少し考える素振りをしてからニコールは優しく微笑む。


「次はもっと大きな舞台で君たちの演劇が見たい。報酬は、そのときに招待してくれる事。それでよければ私たちに任せてほしい」


「も……もちろんです! でも、ただでさえ助けてもらったのに……」


 アダムはくすくす笑って、俯いたリリーに言った。


「もう既に、その仕事は報酬を頂きましたから。それはそれ、これはこれですよ。ところで、ドレスってどれくらいの額を支払ったんですか?」


 不躾に聞こえるが大切な質問だとアダムが尋ねると、リリーは金貨五枚を支払ったと言った。知名度もなく、全く売れていない劇団が二ヶ月は遊んで暮らせるような額を捻出するのは骨が折れたはずだ。ドレスだけでもその価値を持つのに、サファイアのブローチが着いているとなれば、なぜブロン商会が手放さなかったのかは容易に想像がつく。二人は聞いていて、とても不愉快になった。


「リリー、君は先に劇団へ戻っていて。必ずドレスを持って帰ろう」


「アタシたちがきっちりブロン商会から取り返してみせます」


 思わず嬉しさに涙が溢れたリリーは、笑顔で何度も礼を言いながら劇場へ帰っていく。見送ってから、ニコールはぽつりと。


「どう見る、アダム。ブロン商会は手こずりそうかな」


「宮廷魔法使いよりはずっと小者だと思いますよ」


 結局ニコールたちの行動に万が一を考えていた宮廷魔法使いは、保身も上手くやった。皇帝の傍に仕えているだけはあって、親衛隊の誰かを取り込んでいたにしろ冷静かつ丁寧で、ぎりぎりニコールたちが生き残る突破口があっただけだ。


 しかしブロン商会はそもそも町での評判も悪く、裏で何をしているかも分からないようなあくどいやり方で運営されてきた実態がある。火のない所に煙が立たない。商人であるならば、必ず暴ける闇があると自信があった。


「じゃあ、さっそく仕事に移ろうか。もう親衛隊でも騎士団でもないが、私たちの本質は変わらない。やるべき仕事をきっちりこなそう」


「ええ、そうですね。ブロン商会の鼻をへし折ってやりましょ」

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