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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第一章

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EP.40『間に合ってよかった』

 残り時間は二十分ほど。戻った頃にはさらに短いだろう。それでも必ず間に合うと信じて、セリーヌたちを馬車に乗せて劇場へ走らせた。


「すみません、あまり高級な馬車でなくて。私たちの精一杯なんです」


「あらあら、構いませんわ。オーロラ衣装室は受けた仕事は徹底しますから、馬車の乗り心地なんて二の次ですので。問題はブロン商会です」


 憤慨した様子で語るセリーヌの話を聞けば、ブロン商会はハロゲットに構えた庶民派を謳ってはいるが、その仕事ぶりはあまりに遅く、不誠実だ。相手が貴族のときだけは仕事が早いのに、他の者が頼めば『立て込んでいるから時間が掛かる』といつも後回しにされる。とはいえ他に頼れるところもない。なので多くの者は我慢して仕事を任せているのが現状だ。


「ハロゲットにも他の大きな商会がいれば違うんでしょうけど、競合相手がいませんから、嫌なら来るなと言って、ひどいときは店に嫌がらせもするんです。けれど証拠もないので皆困ってるんですよ」


「町の憲兵隊は何をしているんです? 調査は行われないのですか?」


 従業員のひとりが、ぱっと手を挙げて言った。


「わたしのお父さんの靴屋さんもやられたんですが、憲兵隊は動いてくれないんですよ! ブロン商会と繋がっていて賄賂を貰ってるに決まってます!」


 リズコック侯爵に直筆の手紙を届けようにも、憲兵隊が門の警備に雇われているので本人に声が届かず、忙しいので町にいる事も少ない。まさに我が物顔でブロン商会は町を牛耳っている状態だ。


「それに貴族相手には仕事も早いし、口も上手いから信用されていて、誰かが侯爵様がお戻りになられたタイミングで伝えたのですが信じてもらえなくて……」


 ほとほと困った商会だと誰もが溜息を吐く。


「ニコール、これは結構な問題なのでは?」


「うん、そうだね。用が済んだら騎士団に手紙を送ってみよう」


「フォードベリーが適任かもしれませんね」


「私も考えていた。ひとまず、そろそろ劇場に着くから続きは後にしよう」


 古ぼけた劇場の前ではイシドロとリリーが不安そうに待っていて、馬車がやってくると御者台にニコールとアダムスカの姿を見つけて手を振った。


「すみません、お待たせしました!」


「とんでもない、開演までは十五分ありますから。それでドレスは……」


 荷台からセリーヌたちが降りて来ると、イシドロはぎょっとした。リリーも、後ろからひょっこりと覗き込んで目を丸くする。


「え、ええっ!? マダム・セリーヌがどうして此処にいるのよ!?」


「お話は後で。中に入りましょう、こちらの事情も説明致します」


 イシドロはすぐに楽屋へ案内する。時間もないのだ、わざわざゆっくり話している暇はない。移動しながらセリーヌの話に耳を傾けた。


「残念ながら注文頂いたドレスはブロン商会に預けたままで。きっと問い質しても、二日も遅れておきながら、そんなものは届いていないと言い張るつもりでしょう。以前も似たような事がありましたからね。憲兵隊も取り合ってくれませんから、結局は泣き寝入りをするしかないと思います」


 ハロゲットでは有名な話なのか、イシドロたちも驚きはしたものの納得した様子だった。いつも仕事を頼むときだけは良い顔をして対応してくれるが、その後が続かないのだ。うわさには聞いていたが本当に、とがっかりした。


「さて、衣装でしたわね。既に仕立てたドレスは商会が持っていますから、類似する赤色のドレスをいくつか用意してみました。アクセサリーは青色とのご注文でしたので、本来のドレスには及びませんが、うちで取り扱っているものの中では上質なものを念のためほぼ全てお持ちしましたので、まずはドレスを着てもらえますか。サイズはリリー嬢の体型から見て、ちょうどよいサイズかと」


 話はとんとん拍子に進んでいく。時間のない中で、一度だけ衣装のサイズを合わせるのに測ったリリーの事を覚えていて、必要なものを即座にトランクに詰めてあったのだ。セリーヌはそれだけ客を意識して記憶している。


「わあ……ありがとうございます、セリーヌさん。これで出番には間に合いそうです。……でも、その、このドレスの代金はどうすれば?」


 劇団の運営だけでもせいいっぱいの状況で、やっとの思いで注文したドレスはブロン商会の手元だ。仲介料も払わなくてはならないので、残念ながら、彼らにはもう一着を買うだけの余裕はない。


「ご安心くださいませ。既に代金はあちらの方々から頂いております」


 セリーヌがニコールたちを振り向く。上手くいくか見守っていた二人は、突然に振られてほんのわずかに驚きつつも、笑顔で小さく手を振った。


 楽屋の外から「リリー、そろそろ出番だよ!」と団員から声を掛けられて、元気よく返事をするとリリーはビシッと決まった表情で楽屋を後にする。イシドロがニコールたちに、泣きそうな笑顔でやってきた。


「ありがとうございます、本当にありがとうございます……!」


「私たちは大した事は。それより、これから始まるんですか?」


「ええ、そうなんです! ぜひ見ていってください!」


 席を用意する、と言われて二人は遠慮する。他の客と同じように見て楽しむ方が、自分達の期待していた舞台を見られそうだったから。


「じゃあ行こうか、アダム。私たちの仕事終わりの御褒美に」


「いいですね、それ。楽しみだなぁ」

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