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EP.39『金貨に信頼を』

 元とはいえ皇室親衛隊と聞けば、その名の通り皇都以外にも名の響き渡る精鋭騎士の集団。その中でも副隊長格となれば、これぞ信頼に値するというもの。名前を聞いた途端にイシドロとリリーが期待の眼差しで顔を見合わせた。


「ほ、本当に我々の劇団に力を貸して下さるのですか? こんな小さな劇団ですよ。旅の途中という事はお忙しいのでは……!」


 流石にイシドロは騎士様に手伝わせては悪いと思ったのか、遠回しに断ろうとしてしまう。それをリリーがにこやかな表情のまま思いきりつま先を踏んづけて、ニコールたちに「ぜひお願いさせてくださいませ、騎士様!」と前に出た。


 かなり痛そうに蹲るイシドロに苦笑いをしながら、二人は快諾する。


「もちろんです。今からだと時間はどれくらいになりますか?」


「公演までは半刻ほどです。それまでにドレスが間に合わないと……」


「承知いたしました。では衣装室まで私たちが直接訪ねてきます。確かオーロラ衣装室なら、観光の途中に見掛けたので覚えていますので」


 力強い返事にリリーも思わず目に涙が浮かぶ。


「あ、ありがとうございます……。今回の演目には特に力を入れているんです。だから絶対に失敗はしたくない。前もって宣伝まで頑張ってたんです!」


「ええ。必ず期待に沿う結果を持ち帰りますよ、レディ」


 ニコールは優しく返事をすると、即座に仕事モードに切り替わった。


「アダム、此処から厩舎までは?」


「歩いて二、三分くらいだと思います」


「では走ろうか。こういうときは急ぐに限るだろう」


「了解です! あはは、なんか久しぶりかも!」


 ひとまずイシドロたちと別れて、ニコールたちは厩舎に馬車を取りに戻った。厩務員の老人は予定していた時刻よりもずっと早くに二人が戻ってきたのを見て、大層驚いたが、事情を聞くと「また連れておいで。料金は取らないから」と優しく声を掛けて見送った。ハロゲットの住人のために働こうとしている若者の姿に「感心じゃのう」と嬉しそうな顔をしながら。


 そうして馬車に乗って衣装室に急ぐ。やや遠いのもあって十分ほど掛ったが、順調にドレスを受け取りさえすれば、劇場までは余裕で到着できる。


「想定よりも早く終わりそうですね、ニコール」


「油断はいけないよ。何もかも上手くいってるときほど怖いものさ」


 華やかな衣装室は庶民向けとは思えない。高級感溢れる店の扉を開けば、何人かの従業員が気付いて深くお辞儀をする。


「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」


「どうも。実はショッピングではなくて……」


 従業員の女性が不思議そうに首を傾げた。


「あの、でしたらどのようなご用件でしょうか」


「えっと……」


 ニコールがアダムスカを肘で小突いて劇団の名前がなんだったか忘れたと尋ねると、代わりに説明しようとアダムスカがにこやかに従業員に声を掛けた。


「シャトール劇団という小さな劇団のイシドロ様から発注したドレスがまだ届いていないので、衣装室まで行ってみて欲しいと言われまして」


「あら、まあ。それは大変だわ……。少しお待ちくださいね」


 従業員の女性は急いで奥へ引っ込み、別の女性が代わりにやってきた。華やかでビシッと決まったフォーマルな服装をして、厳しさを感じる顔立ちの女性がニコールたちのもとへ駆け寄って────。


「責任者のセリーヌです。あなたたちがイシドロさんの遣いの方ですね」


「はい。私はニコール、こちらがアダムスカです」


 女性はホッとするような仕草をしてから。


「すみません、ニコールさんにアダムスカさん。ここまで来てもらったのに、ドレスはもう二日も前に商会へ預けたんです。公演まではどれくらい?」


「三十分くらいだと思います」


 セリーヌは眉間にしわを寄せて大きなため息を吐く。


「ブロン商会はいつもやる事が遅いんだから……。わざわざ前もって早く渡しておいたのに、まだ届けていないだなんて。他の仕事もあるのに」


 問題が起きたとはいえ衣装室をいきなり閉めるわけにも、と悩むセリーヌ。放っておけば時間ばかり過ぎ去っていきそうだと感じたニコールは念のためにと馬車から持ってきた金貨一枚をセリーヌに見せる事にした。


「マダム・セリーヌ。私たちには時間がありません。失礼を承知で言わせて頂きますが、素早いご決断が出来ないのであれば、これで妥協はできませんか」


 差し出された金貨を見て、セリーヌは些か渋い反応をする。小馬鹿にしているのかと憤慨したやもしれない行動も冷静に見た。


「オーロラ衣装室はハロゲットでも大きな店なんです。他のお客様も大勢いらっしゃいますのに金貨一枚で優先しろとは、流石に受け入れは……」


 差し出された金貨を摘まんで、突き返そうとしたときにハッとする。


「こ、これはまさか純金貨ですか……!?」


「はい。皇帝陛下から直接賜ったものです。いかがですか?」


「少々お待ちください!」


 衣装室が慌ただしくなる。アダムスカが不思議そうに尋ねた。


「なんなんです、その純金貨っていうの」


「あっ、もしかして見た事ないのか」


「ないですねえ。普通の金貨とは何が違うんですか?」


「デザインと純度。純金貨は皇家の紋章が刻まれている特別製なんだよ」


 ポケットに入れていた小さな布袋から金貨をもう一枚取り出す。皇家の紋章が刻まれた金貨は殆ど発行されておらず、貴族たちの間でさえ流通していない。所有する者は基本的に皇帝や皇太子、あるいは皇女から手渡されて受け取るために『皇室からの信頼の証』として用いられている。


 レイフォードはニコールたちが『適切な人間に適切な使い方をするだろう』と考えて、今後の旅の役に立つはずだと五枚だけ箱の中に忍ばせていた。


「すごい硬貨なんですね。どれくらいの価値があるんです?」


「皇都でも大きな屋敷が三つくらい買える」


「……はあ、なんかスケールが大きすぎてちょっと……分かんないですね」


 だろうねえ、とニコールも苦笑いする。


「純金貨は他の金貨とは違って金の純度が特に高いんだ。だから『皇家の信頼の証』って言われているんだよ。それを使って仕事を頼むという事は、受け取る側の価値を大きくあげる事になる。だから彼女たちはすぐに動いてくれたのさ」


「オーロラ衣装室にそれだけの価値がある、という事ですね」


 うん、とニコールは頷いて、準備に忙しくする従業員たちを見て言った。


「シャトール劇団の建物は小さかっただろう。それにかなり古かった。劇場もそう儲かってはいないはずだ。ドレスなんて本来は手の届かない品じゃないか。でも、このオーロラ衣装室は外観や構える店の大きさの通りに、置いてあるドレスは全て上質なものだ。だけどイシドロさんたちの依頼を受けた。貴族向けの衣装室だと簡単に断って追い払いがちだけど、此処はそれを請け負っている。信頼していい」


 多くの衣装室は庶民を差別する。みすぼらしい恰好をして、と門前払いまでする。イシドロやリリーはお世辞にも綺麗な服を着ているとは言えなかった。むしろ、縫って補修した痕跡もあり、非常に貧しいのがひと目でわかった。


 オーロラ衣装室が、そんな彼らからの依頼を無碍にせずに素早くドレスを仕立てて経由した商会へ渡していたとなれば、雑な仕事はしない。ともすれば他の仕事もあるのにわざわざ一度済んだ仕事のために出向くにはそれなりの理由が要る。皇室の純金貨は、彼らにその理由を作らせるには十分すぎた。


 セリーヌは二人の従業員と共にそれぞれ大きな鞄を持って、店に残る三人の従業員に「他のお客様が来ても退屈だけはさせては駄目よ」と言ってニコールの前に立ち、商売の愛想笑いではなく、気合の入った職人の大胆な笑みを浮かべた。


「お待たせいたしました、ニコール様。お時間がないのでしょう? 事情は後で聞きますので、今は急ぎ参りましょう。最高の仕事をしてみせます!」

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