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EP.38『困ったときは』

 朝食を済ませたら、二人はハロゲットの観光に町へ繰り出す。賑やかさは皇都に比べれば大したものではないが、自由さでは違いが大きい。いわば皇都では貴族たちを中心とした商業が、ハロゲットでは庶民を中心に発展している。そのためか、露店がよく見られた。


「わあ~。アタシ、こういうのとは全然縁がなかったんですよね」


「今日はたっぷり時間もあるし、ゆっくり見て回ろうか」


 親衛隊にしろ騎士団にしろ、所属したときから稽古と仕事に追われる毎日になる。二人共、多感な時期を全て費やして今までやってきたので、今だけは何も考えるまいと童心に返って楽しんだ。


 屋台で食べる串焼きの美味しさに舌鼓を打ち、食べ歩く楽しさを味わった。髪飾りやネックレスなどのアクセサリーを見て回り、アダムスカは短剣を模した飾りのあるイヤーカフを買い、ニコールは四葉のネックレスを買った。


「んふふ、どうでしょう、ニコール。似合ってますか?」


 左耳につけたイヤーカフを見せてキメ顔をするアダムスカに、ニコールは優しく頷いて、そっと指で触れた。


「君らしくて良いじゃないか」


「……!」


 ばっ、と半歩下がったアダムスカの顔を見て、ニコールが首を傾げた。


「あれ。ごめん、嫌だったかな」


「そ、そうじゃないですけどぉ……。いきなり触られてびっくりしてしまって」


「なるほど。それは申し訳ない、驚かせちゃったね」


 照れるアダムスカの背中をぽんぽん叩いて、ニコールは可笑しそうにする。あまりにも初心な反応が愉快で仕方がなかった。


「さて、次はどこに行こうか」


「そうですねえ。あ、この町ってすごく小さな劇団があるとか」


「演劇をやってるって事? それは面白そうだね。行ってみよう」


 人伝に道を尋ねながら、二人は劇場を探す。意外にも知られていないのか、場所を聞くと多くが首を傾げた。知る人ぞ知る名スポットなのだろうかと期待を抱きつつ辿り着いたのは────。


「……ぼろっちいですねえ」


「う、うん。想像とは少し違った、かな?」


 看板は傾き、外壁は剥がれ落ちている。年季の入った建物に中に入れずにいると、後ろから「どうかされましたか?」と声を掛けられる。


 物腰柔らかそうな三十代ほどに見える男が、眼鏡を掴んでそっと位置を調整しながら、出来る限りの笑みをぎこちなく作った。


「私たち、このあたりに劇場があると聞いて来たんですが……」


「あぁ、すみません。見た目がこんなですから驚いたでしょう」


「少しだけ。こちらは運営されているんですか?」


「もちろんです。毎週二回の公演を行っていますよ」


 男はやっと自信のある表情を浮かべて小さく胸を張った。


「ハロゲットの劇場は此処だけなんです。団員は十名ほどですが、これからの劇団ですからぜひ応援してくださいませんか。今日はちょうど公演の日なので」


 勢いに圧されると断れない。ニコールとアダムスカは顔を見合わせた。


「ど、どうします。とりあえず入りますか?」


「いいんじゃないかなあ。他に行く予定もない────」


 ばんっ、と大きな音がして劇場の扉が開かれた。中からラフな服装をした女性が非常に怒った様子で「もう冗談じゃない! いったい何やってるのよ!」と騒いで出ていくので、慌てて男が駆け寄って呼び止めた。


「リリー! どうしたんだい、急に出ていくなんて」


「イシドロさん。それが……」


 可愛らしい顔の小柄な女性、リリーは長い金髪を手で梳いて、とても気まずそうに俯く。イシドロに迷惑を掛けたくなかったからだが、問われると答えざるを得ない。何もなかった、とは言えない雰囲気だった。


「今日の公演で使うはずだったドレスをアンナが不注意で破いてしまったのは覚えてるでしょう。だから先週末に商会にオーロラ衣装室への発注をお願いしたんだけど、もう五日も経ったのに連絡ひとつないのよ」


 自分のせいではないとしても、リリーは悔しさと申し訳なさでイシドロをまっすぐ見られなかった。


「あぁ……それはとても困ったな……。公演まで時間もあまりないのに」


 遠いハロゲットの町で出会った小さな劇団の二人が悩む姿を見て、放っておけるほどニコールとアダムスカは薄情ではない。というより、手を貸したくなるのが彼女たちの性格だ。困っていると分かるやいなや、自分たちから声を掛けた。


「すみません。お困りのようですが、我々で力になれる事はありますか」


「あ……えっと、あの。嬉しいのですがお客様の手を借りるのは」


「私たちに申し訳なく思わなくても構いません。あ、その前に自己紹介を」


 さらりと胸に手を当てて、背筋をしゃんと、足を揃えてまっすぐ立つ。


「私はニコール・ポートチェスター。元皇室親衛隊副隊長を務めておりました。今は事情があり、こちらの友人と共に旅をしているのです」


 続いてアダムスカが胸に手を当てて小さくお辞儀する。


「お困りなのでしたら、アタシたちにも手伝わせて下さい。その代わり、今日の公演はぜひ、成功を収めて頂きたいのですが……いかがでしょう?」

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