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EP.36『飲みすぎは禁物』

 何を言ってるんだか、とお互いが照れたところで食事の準備が出来たと声が掛かった。二人共、さほど長時間浸かったわけでもないのに顔が紅かった。


 それから特に会話らしい顔もなくお互いに気恥ずかしく思いながら戻ると、シアラが「おかえり、そっちの席に座って!」と視線で指す。陽気な声と美味しそうな匂いに二人は先程までのやり取りの恥ずかしさも忘れて席に着く。


「わ、美味しそうだねえ」


「これって庶民が食べていいものなんですかね」


 二人が大喜びする姿にシアラがけらけら笑いながら葡萄酒を運ぶ。


「ふふ、大げさねえ。うちはちょっと料金高めにしてるから、それなりに料理は頑張ってるの。気に入ってもらいたくて。お店の外観はぼろっちいけどね」


「私たちには外観も気になりませんでしたが」


 ぱく、と鴨のソテーを食べて、ニコールは満足な笑みを浮かべた。


「私はこれがとても気に入ったんですが、追加はできます?」


「ええ、まだあるわ。ちょっと待っていて下さいね」


 ぱたぱたとシアラが厨房へ入る。その間、ニコールは葡萄酒を飲み、アダムスカが美味しそうにサラダを食べる姿をじっと眺めた。


「ずっと食べてるけど、野菜が好きなのかい?」


「そうなんですよ。お肉も好きですけど脂っこいのは入らなくて」


 アダムスカの食生活はこれまでもかなり質素だった。小さい頃は貧民街で生きるのに必死で、誰かが捨てた食べくずだったり、大通りにコソコソ出てはゴミ箱を漁る毎日。その私生活は拾われた後にも強く影響しており、脂っこい食事は喉を通りにくかったので、野菜を好んで食べるようになっていた。


『肉は食べた方がいいぞ、アダム。元気が出るからな!』


 養父の言葉を思い出して懐かしくなって笑ってしまう。


「小さい頃は生きるのに必死で。ふふ、おかげでスマートな体型を維持できてはいますが。……その分、オーラに持っていかれる体力は大きいですけど」


 いくら食べてもヘルシーな生活が続いているせいで、いくら鍛えていても筋力は平均より僅かにある程度だ。幸いにも第三騎士団で大きな仕事はなく、事務の方が多いので問題はなかった。訓練も、つい最近までは仲間外れだったのもあって、目立ってトレーニングもせず、困ったときはオーラ頼みだ。


 しかし、体力がない分、オーラを使うと疲れるのは非常に早かった。


「そういえばニコールもさほど筋肉質な体つきではありませんでしたね」


「元々体が細いからそう見えるんだ。わりと筋力は付いてる方だよ?」


 アダムスカと比較すればニコールはまだわりと貧しい中でも、ときどきは肉を食べる事もあったし、普通の生活に近かった。親衛隊に入ってからはなおさら、食堂を利用するようになったので食べる時はしっかり食べて、休日や暇な時間は巡回や自主トレーニングを行って汗を流すといった健康的な過ごし方をする。


 体型的に筋骨隆々には体も育たったりはしなかったが、疲れ知らずで効率的な状態で、周囲からもやや異常とさえ思われるほどだった。


「まあ、いいじゃないか。君はスマートな体型だし、顔も綺麗で胸も大きいから男性にしてみればとても魅力的に映るはずだ。現に私も少し羨ましい」


 フッ、と悲しそうな笑みで視線を遠くにやりながら、自分のなだらかな曲線を描くだけの体をやんわりと撫でて残念な気分に陥った。


「別に男性からモテる意味なんてないですよ。鬱陶しいだけです、アタシ自身の事はあんまり見てくれてないですからね、そういう人たちって」


「まあ、それはそうかもしれない。そうでない奴もいたけれど」


 ふとエリックの顔が思い浮かぶ。あまり性格は好きな方ではない。本当はがさつで臆病で頼りない。そのくせ言葉遣いは乱暴で、とても貴族とは思えなかった。多分どれだけ仲良くなってもナシだな、とニコールは腕を組んで頻りに頷く。


「今、何かとても関係ない人を貶す感じの空気出てませんでした?」


「あはは、気のせいだよ」


 鴨肉のおかわりが届き、空いた皿をシアラが片付ける。ニコールは礼を言ってから、二本目の葡萄酒のボトルを開けた。


「さて……。もう一本いってみようか」


「え。本気で言ってます? お顔、かなり紅いですけど」


「もちろん。君もイケるだろう?」


「私は全然平気ですよ。あの、もしかしてお酒弱いんですか」


 ニコールはすぐに返事はせずに、先にグラスに注いだ葡萄酒をぐいっと飲み干してから、とろんとした目でアダムスカを見つめて────。


「よわくないもん」


「はい? いや、もうやめといた方がよいのでは」


「あだむはわたしと飲むのはいやなのか」


「あっ、やばい。これめんどくさいタイプだ」


 ゆっくり時間を掛ける酔わない飲み方をするアダムスカとは対照的に、ニコールは喋りながらどんどん飲み進めるので、すっかり出来上がっていた。それも悪い方向に寄ってしまった状態で。


「あらあら、どうしたのよ。もしかして酷く酔ったの?」


 厨房から戻ってきたシアラも驚いた様子で、アダムスカは苦笑いをして頷く。


「部屋に連れて行くので、後片付けをお願いします」


「ええ、任せて。あとはごゆっくり」


 まったく仕方ない相棒だなあ、とアダムスカは嬉しそうに酔ったニコールに肩を貸す。転ばないように、しっかり支えて階段をあがった。


「ふらついてますよ。ほら、ちゃんとアタシに掴まって」


「らいじょうぶ、ちゃ~んと掴まってますよ、私は」


「ちょっと呂律回ってないじゃないですか。困った人だなぁ」


 なんとか部屋に連れて帰ってきたら、優しくベッドに寝かせる。うんうん唸りながら、眠たそうなニコールを見てくすっとする。


「じゃあアタシもこのまま寝ますから……」


 きゅっ、と服の裾を掴まれて立ち止まった。


「どうしたんですか。気分が悪いなら水でも持ってきますよ?」


「ん~。違うでしょ、ほら、こっちおいで」


 両手を広げて一緒に寝るぞとでも言わんばかりの満面の笑みだった。


「(……あ~、はい。そういう感じですか)」


 馬車で寝ぼけて抱き着かれて眠った事を思い出す。酒以前の問題なのかもしれないが、今回くらいは言う事を聞いてもいいかな、と傍に寄った。


「ベッド狭いですよ、大丈夫ですか。寝苦しくないですか」


「抱き着いて眠ればいいさ。ほらほら、おいで」


「もう、仕方ないですね。ていうかアタシが少し下にズレるんですね」


 どうやら抱き枕代わりらしい、とアダムスカが諦めるとニコールは酔った状態のままでも多少の理性が働いたのか、申し訳ない気分になって────。


「ごめんね。じゃあ、おやすみ」


 額に触れた柔らかな感触。アダムスカはどきっとした。唇が触れた。キスされたと驚いて固まり、予想外の行動に心臓の鼓動が速まった。


「……ばか。これじゃあ眠れなくなるでしょう」

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