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EP.35「受け入れる難しさ」

 元々、騎士団で会ったときには敬語の方が楽だからと言われたが、かつては同僚であっても親衛隊副隊長ともなればアダムスカが気を遣っていておかしくない。だが今では上司と部下のような関係ではなく、対等の旅仲間なのだ。自分はそれなりに距離を縮めようとして話しているのに敬語を使われると、むず痒かった。


「ああ……そうです、ねえ」


 せっかく仲間になれたのだからという期待とは裏腹にアダムスカはとても言い難そうにしていて、ニコールはどうしても駄目なのかと潤んだ瞳を向ける。


「いやっ、違うんですよ? 別にニコールとの距離感とか、そういうんじゃないです。ただなんていうか……アタシ、がさつな言葉遣いしかできないから」


「がさつで結構。君にそうやって敬語を使われるよりは良い」


 少し離れていたところからニコールは膝を突きながらアダムスカの隣までやってきて、食い入るように見つめながら言った。


「憧れなんだ、自分の友達。エリックは良き友人だが、異性だろう。私には気兼ねない女の子の友達というのがいなくてね。君だけなんだよ?」


「うっ……ぐぅ……! そういう目で見つめてくるのは反則!」


 むに、と頬をつまんでアダムスカが顔を逸らす。


「うにゅう。なひほするんは、あはむ」


「あっ、ごめんなさい! 痛かったですか?」


 ニコールはくすくす笑って頬をさすった。


「痛くないよ全然。ねえ、やっぱり敬語じゃないと嫌なのか?」


「それは……違うんです。本当に。ただ幻滅させるんじゃないかって」


 貧民街で生きるのに丁寧さなど必要なかった。教わる事もなかった。言葉遣いも養父に拾われてからの話だ。貴族らしい礼儀作法は教わっても素を曝け出すように言われると、それが相手を不快にしてしまわないかと不安だった。


 所詮自分は貴族の養父という大きな盾の後ろにいるだけで、貧民街育ちの小娘に過ぎず、アダムスカ・シェフィールド個人にはなんの価値もないのだ、と。もしかすると、そのせいで嫌われるかもしれないのに、不用意に素は出せない。


「そっか。まあ、無理強いはしないよ。君の生き方を否定するようなものだから、わざわざ嫌われるような事はしたくない」


「……本当にアタシが喋っても不愉快にならないって約束、できますか」


 あまりにも卑怯な言い方をしているという自覚はある。ニコールなら絶対に嘘は言わないし、受け入れてくれると分かっているのに、甘えてしまった。まるで小さな娘がわがままを言うときみたいに、なんと幼い注文なのか。恥ずかしくなって耳まで紅くなったアダムスカの肩に、やんわりと手が触れた。


「いいよ、約束する。それで君が安心できるのなら」


 ああ、見透かされてるな、となおさら恥ずかしくなる。きっとこれからも頭があがない最高の相棒であり、親友になるのだと確信して、ほんの僅かでも自分に繋ぎ止めようとした事がばからしくなった。


「じゃ、じゃあ話すけど……いいですか?」


「構わないよ。私はいつだって受け入れる準備はできてるとも」


「うん……。良かった」


 ホッと胸を撫でおろして、湯舟に体を預けて────。


「アタシは貧民街育ちだろ。可愛い女の子らしい言葉遣いなんてした事なかったし、いつも周りには柄の悪い連中ばかりだったから……その、もうそういう話し方をするのも恥ずかしいと思う年頃になっちゃってさ」


 いざ話してみると、隣でニコールが何の嫌悪感も抱かず、むしろニコニコと話に耳を傾けているのに安堵したものの、なんとなくまだ落ち着かなかった。


「いいのかな……って、いつも思ってた。こんな話し方をしたら皆、アタシを嫌いになるんじゃないかって。ニコールだって逃げてくに決まってるって」


「ハハハ、それは逆だなあ。私は君みたいな子は好きだよ?」


 なんの気もなく、よくそんな言葉が話せるものだと逆にアダムスカが照れた。


「そもそもの話が君は教養を与えてもらえない世界で、死に物狂いで生きてきたんだ。それだけでも十分凄い事なのに、言葉遣いがらしくないくらいで咎めるなんて、むしろその方が信じられないよ」


 やれやれ、とわざとらしくニコールが肩を竦めた。


「私だって平民の出身だ。君ほどじゃないにしても貧しいのは経験しているから、親衛隊に入ったばかりのときは所作についてはマウリシオ隊長によく注意を受けたよ。審問のときは厳しくされたけど、あんなふうで悪い人じゃないんだ」


「……あの豚さんが。随分と世話になったんだな」


 どうだろう、とニコールはくすくすと小さく苦笑いを浮かべた。


「マウリシオ隊長は見た目ほど怖い方じゃないよ。金と権力には目がないけれど、ああで私たちのような庶民の出に対して差別的な意識は持ってないんだ」


 宮廷魔法使いと親衛隊長では、宮廷魔法使いの方が地位がある。殺人事件の管轄を親衛隊に置いたのも、マウリシオが独断で行うのは不可能で、その実権を握ったのは魔法使いと総隊長のいずれかに違いないとニコールは言った。


「ふうん、そうなんだ。じゃあニコールにとってはある意味、恩人?」


「そうかもしれないねぇ。私が出世する事には大して反感も持ってなかったし、初めて副隊長補佐を任されたときには、色々と教えてくれたよ」


 親衛隊に入ったばかりの頃を思い出して、くくっ、と笑いが漏れた。


「大人になってからもたくさんの事を他人から教わるものさ。そして、いつだって皆の意見は食い違っていくし、受け入れられる器の広さも違う。だからせめて私は、自分を信じてくれる人には広い心を持ちたいんだ」


「……そっか。そうだね、なんかアタシも下らない事で悩んでたなぁ」


 受け入れる事。理解するという事は簡単ではない。はっきり言ってとても難しい。人によっては不可能だと言えるほど。だが、そうあろうと努力する事は出来る。アダムスカは結局、自分が自分を信じていなかったんだと呆れた。


「これからはアタシも努力してみようかなぁ。でも、その、さ」


「うん。なんだい、言ってみて」


「ニコールと話すときは敬語の方が……落ち着いて良いかもです……」


「……ふふっ。なら、私は構わないよ。敬語の君も可愛いから」

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