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EP.31『今日までお世話になりました』

 道すがら、レイフォードは護衛騎士たちを前に歩かせて、ニコールたちと並んだ。それは国主としての最大の敬意と全幅の信頼を寄せると言われたも同然で、勲章をもらうよりも遥かに名誉な事だった。


 これから都を去ろうという二人に対する最大の礼。凶暴化した挙句、その強さが過去に類を見ないほどの巨大な体躯を持っていたとなれば、大きな犠牲を払ったに違いない。それをたった四人で、見事に首を獲ったのだから。


「どうしてここまでして下さるのです、陛下。私たちは罪人かもしれませんというのに、この手厚さでは周囲に示しがつかないのでは?」


「庭に巣をつくるだけの蟻に、何を示すべきだと言うのかね」


 親衛隊の怠慢については十分なほどレイフォードの耳にも届いている。皇帝ともあろうものが何も知らないほど愚かではない。ただ世の中が平和で、騎士団が仕事に熱心だから『見過ごしてやっているだけ』なのだ。


 もし、文句のひとつでも言おうものなら特権を用いて正しく再編すればいいだけの事。人材などいくらでもいる、と小馬鹿にしていた。


「役立たず共が皇宮でデカい顔をしていられるのも今だけだ。そのうち、アランとクロードを親衛隊長の任に就かせる。騎士団の穴埋めも考えてある」


「……あの、アタシからも聞いて良いですか」


 おずおずと小さく手を挙げたアダムスカに、快い笑顔で返す。


「もちろんだとも。こうして話をするために余がわざわざ出向いたのだ」


「で、では、その。第三騎士団はどうなるのでしょうか」


「うむ……。やはりそれが、そなたの最も気になる事項であろうな」


 途端に、レイフォードも少し暗い顔を浮かべた。


「そなたには申し訳ないと思っている。当時、余もまだ幼く、そなたにしてやれる事は何もなかった。団長殿との付き合いがあったにも関わらずだ。あの事件の後の凄惨な結末にそなたには掛ける言葉さえ見つからなかった」


 うん、と頷いてレイフォードはとん、とアダムスカを肘で小突く。


「任せておけ。そなたの古巣を守るのは騎士たちだけの役目ではない。余も手を尽くそう。アービン卿の事は残念だが、いつまでも黙しているわけにはいかん。狸共の息が掛かっていない人間をあてがうつもりだ」


「そこまでして頂けるんですね……。ありがとうございます」


 大好きなフォードベリー第三騎士団の存続は確実だ。もし不安であれば皇家の紋章が入った書面で誓うというので、流石にそこまでは、とアダムスカも断った。レイフォードが裏切る人間にはとても見えなかった。


 前庭まで来ると、少しくたびれた大きめの幌馬車が用意されてあった。既に荷物は積み終えたと執事が報告しにやってきて、レイフォードも確かであるかどうかを自分の目で確認してから二人にグッと親指を立てる。


「問題はなさそうだ。これでそなたらの旅路を問題なく祝えるな」


「ありがとうございます。こんな形でなければ、なおさら良かったのですが」


「フ、求婚を断られた娘に贈り物をして別れねばならんとは」


 がっかりだ、とレイフォードは陽気に肩を竦めた。


「えっ、ニコールって陛下に求婚されてたんですか!?」


「ははは……。わりと昔の話だよ」


 元々、ニコールは冷静で優れた判断力を持ち、ただの騎士にしておくには勿体ない。美しい容姿もあり、せっかくなら味方として引き入れるだけでなく妻としても迎えたいと声を掛けたが、その件に関しては未だ保留だった。


「もう半年以上は答えを聞いていなかったな。そなたの返答は、まあ、聞かずとも分かる。手のかかる娘の方が余の与えるものより価値があると見える」


「はい。私の日常を彩ってくれるのは宝石ではありませんから」


 相変わらず気が強くまっすぐな女だとレイフォードはやはりニコールの事が気に入った。手に入らないのであれば、せめて新たな旅は祝ってやるのが筋というものだと、傍にいた執事を呼びつけて馬車にもうひとつ荷物を載せるよう言った。準備が終わるまでしばらく待っている間に、アランやクロードも顔を出す。


「おっ、こりゃ立派な馬車じゃねえか。いいね、お嬢ちゃんたち」


「我々にもこれくらいのものが支給されれば良いのだが」


 雑談のふりをして、アランがちらっと横目にレイフォードを見る。


「小言が聞かせたくてここへ来たのか、貴様らは」


「まさか。陛下に偉そうに進言できるほど俺らは立派じゃないっすからね」


「善処してくださると助かります。最近は国境付近の諍いも多いので」


 呆れた奴らだとレイフォードがけらけら笑い、腕を組んで愉快そうに頷く。


「良かろう、善処してやる。……と、荷物も積み終わったようだ」


 エスコートしよう、と御者台の傍に皇帝が立った。周囲がざわついても、彼はまったく気にする素振りもみせずに微笑む。


「このような古い馬車で悪いが、あまり張り切ったものは気に入らんだろう。それにあまり目立つと旅行者だと思われて襲われかねん」


「丁度良いですよ、陛下。私たちはとても気に入りました」


 アダムスカに目配せすると、うん、と頷きが返った。


「アタシも気に入りました。とても良い旅ができる、って」


「というわけで、陛下。今日までお世話になりました」


 御者台に二人が乗ると、満足げにレイフォードは胸に手を当てながら。


「そなたらこそ、今日まで我が国に仕え続けてくれた事、余は誇りに思う。そなたらの旅が美しくどこまでも豊かであらんことを祈ろう」

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