EP.30『フォードベリーのアダムスカ』
フォードベリー第三騎士団。蔑称、お飾りの騎士団。しかし他の騎士団は知っている。第三騎士団と言えば情報収集能力に長けており、調査であれば誰に頼むよりも確実で、その情報源こそが第一、第二騎士団の手柄の根本とも言えた。
ずっと昔から変わらず、それをアダムスカだけが知っていた。
『いいかい、アダム。俺たちはお飾りなんて言われちゃいるが、調査能力に関しちゃダントツだ。……とはいえ、それを活かすのには世の中は実力主義で出来すぎているから、少しは良い塩梅で手柄を立てたいものだなぁ』
そんな養父の言葉が懐かしく思う。いつでも明るく、何を言われても動じず、豪快に笑って済ませる。そんな姿に誰もが憧れ、そして背中を追いかけた。心から尊敬できて、大切で、ずっと一緒にいたかった。
『逃げろ、アダム! お前だけは生きろ! お前だけは────』
遠のいていく声。痛く、苦しい最中であっても、決して自分の命は顧みない。誰もが最年少で、我が子のように守ってきたアダムスカのために命を懸けた。だから自分もそうあろうと思った。フォードベリーという名を背負って、何があっても、何を言われようとも守り抜こうとした。自分の信じたフォードベリーの名を。
「これからアタシは騎士を辞める事になります。皆様のお手伝いも出来ず、此処を去ってしまう事、本当に心から謝罪させてください。どうかお元気で。私の大好きな第三騎士団の皆様が、これから笑顔でいられるよう願わせてください」
自然と。無意識に。ほろりと涙が頬を伝う。
「あ、あれ……。おかしいな、アタシ泣くつもりじゃなかったのに、ごめんなさい。こんなはずじゃ……。だって……だって、仕方ないじゃん……」
感情の波が抑えきれず、ぼろぼろと涙が溢れ出す。寄り添うニコールに背中を擦られて、なおさら堪え切れなくなった。
「仕方ないじゃん。好きだったのに。お父さんが守ってくれたんだよ!? だったらアタシが守っていこうって、どんなに嫌われてもいいから第三騎士団でいようって、再編してもらえなかったらどうしようって毎日不安で……! でも、こうやって皆が来てくれて、中々上手くいかなかったけど、やっと仲良くなれてきたところじゃん! 勲章までもらってさ、やっとこれから皆と一緒に仕事が出来るって思ってたんだよ? なのにこんな別れ方あんまりだ……酷いよ、もっと騎士でいたかったよぉ……お父さんにもっと、誇れるような立派な騎士でいたかったのに……」
わんわんと泣きじゃくるアダムスカの前に、何人かが他の騎士を押し退けて立った。全員、ゴアウルフ討伐後も敵視していた騎士たちだ。気まずそうにしながらやってきた姿に、アダムスカがぐすぐす言いながら目を向けた。
「アダムスカ。……その、今まで悪かった」
思わずアダムスカも驚いて泣き止んだ。
「俺たちはずっと前に進めないでいた。大切な家族を失って、そのやり場のない怒りの矛先をお前に向けてた。お前たちが必死になって倒してきた魔物も、俺たちじゃ倒そうとも思わなかったのに、お前は本当にすごい奴だよ。嫉妬したんだと思う。俺たちは何もしなかったし、しようともしなかった。ただ、ずっとあんたを責めて、あの日の出来事から目を背けたかったんだ」
大切な家族を失ったのは、アダムスカも同じだ。分かっていた。自分がそこにいたなら戦えたのか、と。実際に魔物の首を持ち帰った彼女たちに、嫉妬した。失った者に報いようとする姿を羨ましく思った。
自分たちにもそれくらいの気持ちがあれば良かったのに、いつまでも塞ぎ込んで何もしなかった事が悔しくて、目を逸らすために敵視するしかなかった。泣いている姿を見て、どうして自分たちは情けなく今も嫉妬心を抱くのかと恥ずかしくなり、今を逃せばきっと永遠にやってこない機会だと一歩踏み出した。
「悪かった。騎士をやめるとなったら、とても残念だ。今回の件、俺たちも一晩で噂が耳に入ってきた。……誓うよ。お前がいなくなった後も俺たちはこの第三騎士団を守っていく。それから、お前が戻ってきたときの席も」
代表した騎士が手を差し出す。アダムスカが涙を拭いて尋ねた。
「いいんですか。アタシの事、本当に許してくれるんですか?」
「むしろ俺たちが許して欲しいくらいだ。必ず戻ってくるって信じてる。────ありがとう、アダムスカ副団長。あなたのおかげで、俺たちは前に進める」
他の騎士たちも、深く頷いて笑顔を向けた。送り出す寂しさに涙を浮かべる者もいる。ニコールとアダムスカは、フォードベリーの誇りとなったのだ。
「別れの挨拶は済んだかね?」
ふらりとやってきた誰かに全員が目を向け、慌てて膝を突く。レイフォードが馬車の用意ができた事を自ら伝えにきたもので、予想外の事に驚かされた。
「我らが皇国の太陽にご挨拶申し上げます!」
「ハハハ。そう堅苦しくするな、顔をあげよ。余は二人を迎えに来ただけだ」
他の誰かに任せればよいものをわざわざ護衛まで連れて、レイフォードはずっと気にかけていたアダムスカの事を見に来た。
「……うむ、決意の籠った良い顔だな」
「はい。アタシはもう、十分泣きましたから」
うん、とひとつ頷いて、レイフォードはくるりと背を向けた。
「そなたらの旅路に必要なものは揃えたゆえ、案内する。ついてこい」