EP.3『孤立無援』
不安はある。自他ともに認めるほどニコールは堅物的なところがある。正しくもあり、間違ってもいるとさえ考えた。その点に関してはエリックのように、いくらか気楽な部分を持っておくのも心の安寧には必要なのだろうと理解はある。
残念ながら性分なのか、休もうかと考えたりもしつつ結局は仕事人間として親衛隊に与えられた任務以上にあれこれと気を回すのがニコール・ポートチェスターという人間だ。考えるだけ無駄骨だな、と溜息がでた。
もちろん、まだ見ぬ騎士団員の──それも同性の──友人になりたいと期待はしている。親衛隊にもいるにはいるが、平民出身であるニコールが名家の令嬢と親しくなれるとは思えず、ほとんど話した事もない。
だからアダムスカ・シェフィールドの事は気になった。聞けば拾われた身であって、元々は貧民街で暮らしていたらしいと知ると親近感が湧いた。ニコールもまた裕福とは言えず、貧民街の近くで暮らすほど貧しかったから。
「ここだな。……うむ、騎士団は中々に熱心じゃないか」
親衛隊は皇帝直属の守護者として仕えているが、長年平和な国では、それも大した役割を持たないのも事実だ。そのせいか年々評価されなくなる一方で、騎士団は各地へ派遣されては魔物の討伐にあたっている事もあって訓練は欠かせない。たとえ臨時の騎士団と揶揄されようが、フォードベリーもそれは変わらなかった。
「これはどうされましたか。親衛隊の方がなぜこちらに?」
何名かの休憩中の騎士たちが物珍しそうにニコールのもとへやってくる。皆、陽射しの下で訓練を行うため、タオルで拭いてもまたすぐに汗だくだ。
「初めまして、フォードベリーの皆様。第三騎士団、フォードベリーに配属される事になりました。親衛隊副隊長補佐のニコール・ポートチェスターです」
「騎士団に配属……? ニコール様といえば親衛隊でもかなりの腕があるとお聞きしています。会うのは初めてですが、あなたほどの方がなぜウチに……」
騎士たちは驚きを隠せない。親衛隊はだらしがないと言われる事も多いが、皇帝に最も近い数名の騎士はソードマスターと呼ばれる程の実力者が揃えられた。ニコールは、その数名のうちのひとりだ。騎士なら名前だけは誰でも知っている。
「ええ、気を悪くされないでほしいのですが、第三騎士団は七年前に大きな犠牲を払ったでしょう。今後も同様の事が起こらないとも限りませんから、私が指南役として配属される事になりました。仲良くして頂けますか?」
きっと怒るだろうなと気まずかった。なにせ七年前の事件の遺族が殆どなのだから、過去を掘り返した挙句に腕を磨かせるために来たといえば、親衛隊の人間はなんと傲慢なのだと思われても仕方がないと感じる。
とはいえ、あれこれ包み隠してしまったら後で大きな問題になりかねない。ニコールは正直に話す方がいくらかマシだと覚悟を決めた。
「そうですか! それは頼もしい限りです!」
意外にも騎士たちは好反応だった。むしろ憧れの眼差しにも見える。
「怒らないのですか?」
「そうですね。返す言葉もないというか、実際我々はまだ新人ですので」
フォードベリーが再編されるまでには二年の月日を要したが、そこから新たに人員を増やしていく過程で、七年経っても他の騎士団に比べれば新顔ばかり。ベテランとは比べる事もできないほど実力不足なのは本人たちにも否めなかった。
「七年前、我々の家族が魔物に殺されました。臨時の騎士団などと呼ばれても、甘んじてその地位に居続けた理由のひとつです。辛い事ではありますが、私たちは悲劇を繰り返さないためにも腕を磨かなければなりません」
「……とんだ無礼でしたね。すみません、あなたたちの覚悟も知らずに」
騎士たちも、申し訳なさそうに笑った。ニコールを悲しませるつもりはなかったのだが、結果的にそうなった事を謝罪しながら訓練場に目を向けた。
「我々の中でベテランと呼べるのはアービン団長とシェフィールド卿だけです。直接指導を頂ければいいんですが、何分と折り合いが悪くて」
「シェフィールド卿が孤立しているとうわさを耳にしましたが」
三人の騎士は顔を見合わせてから、ひどく困っっているのだと肩を竦める。
「事実です。多くは彼女を嫌っています。裏で魔物を手引きしたに違いないとも。ただひとりの生存者でしたから、そういうふうに言われるのも無理はない。かと言って証拠もなしに責め立てるのは違うと私たちは考えていて。ただ、そうすると騎士団内での対立と差別を助長するから口を噤んでおけとシェフィールド卿が」
最初は味方をしようと考える者もいた。だがアダムスカは自分以外が標的になる事を恐れて、彼らを庇うために犠牲になる事を選んだ。七十名ほどいる騎士団内で、アダムスカの味方をするのはたった数名のみ。どうなるかは誰でも容易に想像がつく。罪のない人間が餌食になる事が許せなかったのだろう。そんな人間が魔物の手引きなどするはずがない。ニコールは心の底から同情と悔しさが滲んだ。
「訓練場の隅で休憩されている、黒髪の方がシェフィールド卿です。フォードベリー内の空気がどうなっているかは彼女に話しかければ分かるかと」
「ありがとう、そうさせてもらいます。これからは私も第三騎士団ですから」