EP.29『大好きな騎士団へ』
王都にはいてもいい、と最初は思った。だが、レイフォードの言う通り危険が付きまとう事は端から分かった事だ。本心としては王都に残って調査に加わりたい気持ちもあったが、自分達の命を狙われるくらいなら出た方がマシだ。
なにより、残って調査を手伝ったとなると今度はアランやクロードが狙われかねない。もっと多くの人間を巻き込んでしまう可能性もある。たとえ不本意な決定であったとしても、これ以上の事が起きて、今度こそ立ち直れないほど心に傷を負ってしまったらと思うと、留まるという選択肢はなかった。
「うむ、残念だが仕方あるまい。しかし、貴様らには大した資産も用意もあるまい。のんびりと準備をしている間に手を回される事もあるだろう。ゆえ、旅立つのはしばし待て。せめてこれまで親衛隊と騎士団に尽くした礼はせねばならん」
「そんな。私たちは何も……。何も、できませんでした」
自分たちが守るべき居場所を奪われた。顔も知らない、誰とも分からぬ者にあっさりと奪われてしまった。真相を知る事もできないまま、悔しい気持ちを背負って、親しみ愛した町から去らねばならない。二人共、俯いて肩を落とす。
「余はそうは思わん」
はっきりと、レイフォードは励ましの言葉を贈るつもりもなく、二人を勇気づけるためでもなく、ただ本心を口にする。
「貴様らがいたからこそ、七年前の事件でフォードベリーに取り憑いた悔恨は和らいでいくだろう。貴様らがいたからこそ、あの凶暴な魔物は討伐された。たとえ謀略によって貶められたとしても、貴様らが成した偉業は覆せん」
フッと笑って、レイフォードは自信たっぷりに言った。
「余が生きているうちは、貴様ら……いや、そなたらに手は出させぬと約束しよう。何も親衛隊や騎士団が全てではあるまい。古巣を想う気持ちはあろうとも、雛はいずれ巣立つものだ。新たな生き方を探すが良かろう」
レイフォードの計らいに、二人は膝を突いて頭を下げた。
「この御恩、忘れは致しません。私たちの剣は陛下に捧げます。この誓い、たとえ遠く離れた大地に身があろうとも変わりはしないでしょう」
「アタシたちの決意は常に陛下と共にある事を此処にお誓い致します」
騎士になったとき、初めに立てる誓いが皇帝への忠誠である。しかし、代が変わって、それは行われなかった。新たな皇帝となったレイフォードが『忠誠とは真に信ずるに値する者に行われるものであり、余が辿り着くのはこれからだ』と、先代までの皇帝とは違う、自分らしい歩き方を選んだからである。
ニコールとアダムスカは命を救われた。若き皇帝の純粋な在り方に裏はなく、正しいと思う決断を下す姿に感銘を受けての誓いだ。満足そうにレイフォードは微笑んで頷いて返し、しばらくは皇宮内で待機するよう命じた。
「そなたらにも別れを伝えたい者たちはいるであろう。それくらいの時間は許されよう。贈り物の用意が出来たら迎えを寄越すゆえ、後は自由に過ごせ」
厚意を受け取った二人は、謁見の間を出た後、すぐに訓練場へ向かった。相変わらず騒がしい第三騎士団の訓練場は、どちらかといえば訓練よりもお喋りの時間の方が長い。特に出動命令もなく平穏な時間が流れていた。
その中で、アダムスカを見つけた何人かが駆け寄ってきたのだ。
「やあ、アダムスカ! それにニコールも。せっかくゴアウルフを討伐したと言うのに、随分な事に巻き込まれてしまったそうだね。我々は何も助けになれず……すまない。君たちには迷惑ばかり掛けていたというのに」
第三騎士団の空気はすっかり変わって、ニコールとアダムスカの味方はぐっと増えた。アービン団長が殺害されたと聞いても、彼らは決して二人のせいだとは思わず、何かに巻き込まれたのだと直感して、帰って来るのを待っていた。
「審問会があったと聞いています。私たちはお二人が帰ってくるのを待っていたんです。今回の件は親衛隊の独壇場で、第三騎士団の事となれば当事者である私たちの入る余地さえも与えられませんでしたから」
第三騎士団で起きた殺人事件に親衛隊がでしゃばってきた、と彼らは憤った。アービンも騎士団が再編されてからずっと団員に気を配っていた良き団長であり、事件解決のためにニコールとアダムスカを派遣するという英断は密やかに知られて讃えられた。だから、親衛隊が妨害して捜査に加われなかった事が不満だった。
「それでこれからどうなるんだい? もちろん、無罪なんだろう?」
「……すまない。私たちは期待に沿えなかったみたいだ」
ニコールは首を横に振り、続きはアダムスカが、と目配せする。
「アタシたちは親衛隊ならびに騎士団の除名処分を受けました。もう騎士ではいられないんです。とはいえ、なんとか理解は得られたと思います。真犯人捜しはこれから始まるんじゃないかと。それで、今日は皆さんにお別れを言いに」
暗い雰囲気が広がり、何事かと他の騎士たちも集まってくる。まだアダムスカの事を信じ切れない者も、なんとなく耳を傾けにやってきた。
「皆さん、心配しないでください。死ぬわけじゃありませんから。……でも、お別れは少し寂しいです。なのでひとつ、御願いされてもらえませんか」
アダムスカは、ニコールと目を合わせてお互いに頷き────。
「どうか、アタシの大好きな第三騎士団をこれからもよろしくお願いします」




