表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/76

EP.28『除名処分』

 異を唱える者は誰もいなかった。皆が堂々たる様子で、アランとクロードはあえて二人と距離を取った。待つ間、ニコールとアダムスカは緊張でいっぱいだ。レイフォードの言葉もあって息は続いたが、もし証拠を持ってきたら。この当てが外れてしまえば全ては水の泡と帰す可能性は高い。────だが。


「大変です、証拠品が……!」


 やってきた親衛隊の男が顔面蒼白になって声を張った。どうやら保管室から盗まれてしまったらしく影も形もないという報告は、ニコールたちに大きな追い風となる。想像していた通りの結果だ。


「致し方ありませんな、陛下」


 ごほんと大きな咳払いをしてタデウスが目を細めてニコールを見る。


「有能な部下とはいえ犯した罪に違いありません。厳正な処罰の程を」


 タデウスは口先のよく動く男だ。使える者には傍に寄り、使えない者には冷たく突き放す。以前からニコールはさほど信頼を置いた事はない。『まあ、彼ならそう言うだろう』くらいに胸に留めて、僅かに嫌な気分を抑え込んだ。


「失礼だが、タデウス殿」


 クロードが鬱陶しい虫でも見るような目つきを向ける。


「証拠がない以上、これ以上の議論は無駄だ。魔法使いが行ったという嫌疑は残ったままだと言うのに、彼女たちだけに罪過を押し付けるつもりか」


「何をおっしゃる、クロード卿。魔法使いの嫌疑があるにせよ、証拠として指紋が見つかっている以上は罪人として扱わねばならないだろう」


 度し難いとタデウスが気に入らなさそうに返し、マウリシオも続く。


「総隊長の言う通りだ! 罪人やもしれん者を野放しにするわけにはいかんだろう、やはり処罰を求めるのが筋というものだ!」


 親衛隊と騎士団とでは意見が真逆に分かれる。人数が多い分、親衛隊側の方が声が大きく優勢ではあった。レイフォードが複雑な顔つきで眺める隣で魔法使いの男ジーンがニヤリとする。それを見逃すほど皇帝は甘くなかった。


「よろしい、静粛にせよ。貴様らの騒ぐ声は耳心地が悪い」


 レイフォードのひと声に、瞬く間に静まり返った。皇帝の言葉は絶対であり、そう決めたのなら覆さないのがレイフォードという男の性格だ。


「話はおおよそ理解した。余は貴様らに振り回される気はないゆえ、早々に処分を言い渡す。ニコール・ポートチェスター、およびアダムスカ・シェフィールド。貴様らは────親衛隊、そして騎士団からそれぞれ除名処分とする」


 想定外の処断に魔法使いがぎょっとして、ローブで表情を隠す。親衛隊の、特にタデウスは驚いた様子を見せた。


「陛下! 除名処分とは些か軽すぎるのではありませんか!」


「タデウス。何をそんなに怒る事がある。冷静になれば分かるであろう」


 レイフォードはじろりとマウリシオに視線を向けた。


「余の目は遠くの事柄がよく見え、耳は小さな風の音もよく聞こえる。ときに先日、騎士団内で起きた事件にも関わらず親衛隊が出しゃばったそうだな」


「う……っそ、それは……その……!」


 明らかに焦る様子にくすっと笑った。


「良い。責めているのではない。ただ騎士団を現場に立ち入れないよう封鎖していたのだろう。そのうえ保管した証拠品を紛失とは、親衛隊の品位が知れる。余は貴様らに多少なりとも期待はしていたのだが」


 騎士団では証拠品の紛失が起きた事はなく、担当した事件ごとに親衛隊と騎士団とで管轄が分かれている。現場を独占して騎士団に関与の隙も与えず、あまつさえ証拠品の管理も不十分。それで擬装の可能性にも踏み込もうとせず、指紋だけあればいいとは暴論にも程があると窘めた。


「……そもそも両名にはアービンを殺す動機がない。まして、あの男から仕事を任せされるなど、よほど興味を惹くものがあったはず。例えば剣の趣味が合うとか。証拠品の剣はどのようなものだったのだ?」


 問われるとタデウスが堂々と答えた。


「壁に掛かっていたもので背中から。大したものではありません、儀礼用のなまくら(・・・・)です。魔法の掛った剣のようでしたが……」


 それをタデウスが口にした途端、ニコールがぎょっとして口を挟んだ。


「ミュゼの魔法剣を使ったんですか!?」


 しまった、と手で口を塞ぐ。だが、その驚いたひと言がレイフォードの興味を惹いた。誰もが何を言い出したんだと目を丸くした一方で、レイフォードだけが「構わん。何を知っているか、話してみろ」とニコールに笑顔を向ける。面白い話が聞けそうだとワクワクしていた。


「は……では僭越ながら。あれはミュゼ・アルベッロという、元魔法使いである鍛冶師が造った最初の細剣です。ですが、あの剣には────」


 ミュゼの細剣には、ある秘密が隠されている。掛けられている魔法は『魔力を宿す人間』にしか鞘を抜く事はできないもの。ゆえに、オーラ使いであるニコールがミュゼの細剣で相手を刺し殺すなど最初から不可能なのだ。


「なるほど、実に愉快な話だ。ミュゼの細剣については余も知っているが、まさかアービンが持っていたとは。実物をひと目見たかったな」


 納得したレイフォードがうんうん頷き、横に立っていたジーンに言った。


「貴様も納得できたか?」


「は、はあ……仰る通りだと思います……」


「では此度の審問はこれで終わりだ」


 結局、タデウス率いる親衛隊の意見は却下され、今回はニコールたちを支持する形で審問会は幕を閉じた。解散を命じられると皆が続々と出ていき、呼び止められたニコールとアダムスカだけが部屋に残った。


「さて。ではニコール、アダムスカ。貴様らの騎士としての除名は免れん。これについては納得のできん事だとは思うが、嫌疑が完全に晴れたわけではない。首が繋がった事だけを喜ぶが良い」


「わかっています。こうなるしかなかったんでしょう」


 まっすぐ真剣な眼差しを向けられて、レイフォードは頷いてニヤリとする。


「本来であれば貴様らを除名するまでもない話だ。結局、証拠品の指紋が擬装魔法によるものだった可能性がより高まっただけに過ぎん。ミュゼの細剣については余もよく知っている。だが問題は内部による犯行である事だ」


 魔法使いによる擬装魔法の可能性。親衛隊の隠蔽と証拠紛失。何もかも自分達の行いだと暴露しているのと変わりないが、かといって、それこそ証拠がない。責めようのない相手は野放しにするしかない。となれば罪を着せられるはずだったニコールが今度は標的になる可能性は大いにあった。


 行方不明として処理し、アービン団長殺害による逃亡とみなすか、あるいはニコールとアダムスカのどちらかを殺害して新たに罪を着せる。いかにも狡賢い人間がやりそうな手だとレイフォードの忠告を受けた。


「おそらく騎士団長たちは独自に調査でも始めるだろう。余はあえて静観するつもりだ。貴様らはこれからどうする、町で暮らすなら家でもやろうか」


「あはは……。謹んで辞退させて頂きます」


 気遣いのスケールが違うな、と二人揃って苦笑いを浮かべた。


「除名は不本意ですが、かといって町に残り続けるのも常に危険が付きまとうでしょう。親衛隊も騎士団も町の人々からの信頼は厚いので、いつどこで首を狙われないとも限りませんから……。少しでも遠い場所へ行こうかと思います」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ