EP.27『審問の行方』
謁見の間には、既に権力者たちが集まっていた。玉座に座る皇帝を始めとして、赤い絨毯の道を挟んで立った大貴族や親衛隊の騎士団長たち。そして皇族に仕える専属魔法使い。ほとんどはニコールも面識があった。
アダムスカの手を引いて、緊張の面持ちで皇帝の面前にて膝を突く。
「ニコール・ポートチェスターならびにアダムスカ・シェフィールド、皇国の太陽レイフォード・イングレッツェル皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
深々と頭を下げるとレイフォードが「顔をあげよ」と言った。低く、芯のある声。見目に二十代半ばほどの若さとは逆に、その風格はまさしく皇帝に相応しい。短く纏まった錫色の髪に紅い瞳を持った、皇族の特有的外見。
居並ぶ貴族や騎士たちの誰も、目を瞑って言葉が紡がれるのを待った。
「此度の件については聞いている。余の騎士団で随分な事をしたそうだが」
「真実ではありません」
ニコールが真っ先に否定する。レイフォードは面白そうに耳を傾けた。
「良い、余が発言を許可する。申してみよ」
「ありがたく。今回の件、我々は無実であると主張致します」
堂々たる発言に、親衛隊総隊長のタデウスがごほんと咳払いする。
「証拠も挙がっているのに言い逃れが出来ると?」
「余が発言を許可したのは貴様ではない。黙れ、タデウス」
「……失礼。部下だったので、つい熱くなりました」
咎められるとタデウスが一歩引く。しかし、彼の言葉通りに証拠は確かに出ている。魔法使いが証拠を認めた場合、第三者の騎士がそれを確認して改めて書類として提出・受理される。その処理が行われた以上、証拠は有効なのだ。
「陛下。この問題は私たちが任命されたゴアウルフ討伐との深い関連性があると思われます。彼の魔物は魔法使いによって操られたものでした」
「それについては報告を受けている。ちょうどそこに証人もいるな?」
レイフォードが視線を向けた先で、エリックが『え、俺?』とでも言うように自分を指差すと、隣に立っていたアランに無礼だと手を叩かれた。
「はっはっは、そう緊張せずともよい! エリック・サンダーランド卿。貴様の功績と、家族の不幸についても耳にしている。前へ出て話を聞かせよ」
「は、はいっ……! え、えっと、失礼いたします!」
ささっと前へ出てくると、エリックは戸惑いながらも話を始めた。
「ゴアウルフ討伐の際に魔法使いがいたのは本当です。最初は俺も弟も半信半疑なところはありました。ですが、あれは紛れもない魔法使いの仕業です!」
「そう言い切れる根拠はあるのか?」
問い返されてエリックは力強く頷く。
「村はゴアウルフによって凄惨な状態で一ヶ月以上が経過していましたが、生存者が二名確認されました。ですが、そのひとりは魔法使いが擬装魔法を使って、村の人間に化けていたと確認が取れています」
エリックは記憶力に非常に優れている。出会った老人が話したときの顔つき、しわの動き、うっすら見えた歯の並びさえ記憶に鮮明だ。そして、草むらで見つけた遺体を改めて確認したとき、まったく歯の並びが一緒だったと言う。
それはニコールたちも聞いていない話だったので驚かされていた。
「なるほど。タデウス、その件について調べは?」
「……ついております。紛れもなく魔法使いの仕業であったと。ですが、アービン団長殺害の件にはなんら関連がないと考えております」
意見が飛ぶとアランが手を挙げ、レイフォードの許可が下りた。
「我々メイデンウッドおよびロズデール騎士団は逆の見解です。オールドサリックスで目撃された魔法使いとアービン団長殺害は強い関連性がある」
「うむ、続けてみよ。貴様らの考えは興味深い」
割って入るように魔法使いが手を挙げた。
「お言葉ですが、我々の調査は紛れもない真実です。他の親衛隊の騎士方にも確認して頂きました。彼らは私の判断が間違ったものだと侮辱してるも同然ではありませんか。このような発言は納得がいきません」
親衛隊の他の面々も頷く。まるで示し合わせたようにしか見えず、味方のいない状況はニコールたちに向かい風を吹かせた。だが、レイフォードは奇妙な違和感を察知して、じろっと全員に視線を送り────。
「ジーン、証拠の剣を誰かに持ってこさせろ」
魔法使いの男が、明らかに挙動不審に小さく跳ねた。
「わ、私の方を疑うと言うのですか?」
「疑うとは何の事だ、事実の証明はいかなる問題においても必要であろう」
「それはそうですが……しかし、事実なら既に証明されたも同然です」
他の騎士が手を挙げた。親衛隊の第三隊長マウリシオ。恰幅の良い体は騎士としては些かたるんでいると言う者もいる。事実、ニコールの方が遥かに働き者で、マウリシオは部下ばかり働かせる事で名がよく知れた男だ。
「吾輩も確認致しましたぞ、陛下。指紋の照合も、記録されていたニコール・ポートチェスターのものと一致しております」
ふんす、と鼻を高くして答えたマウリシオにレイフォードが冷めた視線を向ける。明らかに怒りの含んだ瞳で、静かに────。
「余は持ってこいと言ったのだ」
「は……え? しかし、既に確認は何名も重ねて……」
やれやれ、と肩を竦めるしかない答えにレイフォードはくすっと笑った。
「そなたの親衛隊長の勲章が飾りならば、今すぐ此処で返却して失せろ。ニコールとアダムスカが示すべきなのは証拠に残されたもうひとつの真実。────魔法使いの魔力の痕跡は最低でも一ヶ月は残る事を余が知らないとでも?」
最初からレイフォードは分かっていた。そのうえで『宮廷の魔法使いがやるはずがない』と考えて、まずは審問会を待ったのだ。ニコールの計画など審問が始まったときから分かっていたようなもの。だからこそ全員が揃うのを待ち、魔法使いや他の親衛隊の人間が絡んでいないかを観察した。
「魔法使いの魔力と照合せよ。オーラ使いには分かるはずだ。特にそこの紅い風のカーライル。そなたであれば、ひと目で理解できよう」
「……仰せのままに、我が太陽」
クロードが深々とお辞儀をすると満足そうに頷き、パチンと指を鳴らす。
「では審問はそれまで中断。各自、その場で待機せよ!」




